023:傷口
またか、とアビスはため息を吐いた。
「お前……いい加減あの犬返した方が良いんじゃないか?」
「駄目だよ。引き受けちゃったんだし、ケルちゃん私に懐いちゃってるし」
「だからってなぁ……」
「とにかく駄目だからね?」
と、念を押すようにガイアは言った。意見は曲げませんと言わんばかりの表情を浮かべて。
こうなると基本的に何を言っても無駄であることは、付き合いもそこそこ長いし理解している。だから普段ならばこちらが折れて、そうかと頷き話は終わる……のだが、残念なことに、今は『普段』ではないのである。
擦り傷と打ち身とその他諸々の軽傷が体のあちこちにあるガイアを見て、アビスは再びため息を吐いた。これでは、はいそうですかと頷いてやることも出来ないではないか。
もちろん、そんな怪我を彼女が気にしていないのは承知している。ケルベロスを預かってから二週間も経てば、確かに散歩中の怪我にも慣れてしまうだろうとも思う。けれども、だからと言って看過出来る事態でもないだろう。間違いなく。
……やっぱり彼女にあの大型子犬を預けたのは失敗なんじゃないだろうか。
とっとと返した方が良いだろうと結論付けると、どうやらそれに気付いたらしい。彼女は慌てた様子で言った。
「ほっ……ほら、一番最初の時よりは傷も減ってるでしょ?」
「そうだとしても、治って無い傷とかに紛れて実際どうなのかが判別不能だぜ?」
「本人が言ってるんだから、不能だろうと本当なんだよ!っていうか本当になるの!」
……慌て過ぎてて言ってる事が少し滅茶苦茶だった。
その言動に三度目のため息を吐いて、頭をかく。ここで彼女の言葉を突っぱねることは可能……なのだけれど……ちら、と見えたガイアの表情は酷く必死そうで。そして、そんな彼女を見てぐらつかない硬い意思なんて自分は持っていなくって。
絆されているなぁと思いながらも、苦笑を浮かべる。
「……もう少し怪我しないように気をつけろよ」
「……!うん!」
……元気の良い返事にそういえばこのやり取りは何回目だったかという疑問が浮上してきたけれども、彼女が浮かべた明るい笑顔に、まぁそんな事はどうでも良いかと思った。
あの勢いで散歩コースを駆け抜ける子犬の散歩に付き合ってて、怪我をしないわけがないだろうというお話でした。
そしてふと思いましたが、擦り傷や打ち身だけ済むのって逆に凄いんじゃないでしょうか。