「変な奴が街にいる、だと?」
「そうそう。見も知りもしない、誰かも分からない誰か」
「全くわけの分からぬ言葉だな。もっとハッキリとは言えぬのか」
「無理だって」
俺が会ったわけじゃないからね。
歩きながら慶次はそう続けて、ため息を吐いた。
「そんなわけだからさ、その誰かに会いたくてこうやって徘徊してんの」
「んで、バッタリと俺らに会ったわけか」
「そゆこと。丁度良い時に来たよね、二人とも」
「ふん…その様な話があるのならば、我はこちらに出る気など無かった」
元就は不機嫌そうにそう言って、ふいと視線を逸らしてしまった。
彼の気持ちは分からないこともない。彼の家の仕事は非常に疲れる物であるようだし、こうやって街に来ているときくらいはのんびりとしたいだろうとは思う。…そう言うことを思う相手かどうかはさておいて、少なくとも自分はそう思う。
けれどもまぁ、やっぱりそれが理由ではないのだろう。ちらりと隣を歩く妖を見てから考える。元就は、暇があったら家で書物でも読んでいそうな感じだ。それで、とてつもなく希に気分が乗ったら外に出るような。
そんな彼が割と頻繁にこちらに来るのは、どうやら政宗が関係しているらしいのだ。
妖を祓う者と妖そのもの。
どうしてそんな二人が一緒にいるのかなんて知りようも無いけれど。
二人が平和ならそれで良いのではないかと、慶次は思っている。
「つーか、人間か妖かくらい知らないのかよ」
「佐助がね、あれは妖だって言ってたよ」
「ふむ…種族は何ぞ?」
「えっと……何だっけ…」
確か、物凄い種族だったと思うのだけれど。
しばらく考え込んで、あぁと手を打つ。
「そうそう、鬼、とか何とか」
「鬼?何故そのような妖の上位種がここに来るのだ」
「さてねぇ…佐助もちょこっと恐怖しながら話してたし、異常なのは分かるけど」
妖ではない、妖に関わりがほとんど無い慶次に分からず、妖を自分より知っている元就が知らないとなれば、自分だって知る道理はない。
こう言うときは妖である政宗に聞くのが速いかと、目を向けてみると。
彼は、冷や汗を掻いているようだった。
しかも体の不調とか言う原因からではない…いわゆる『心当たりがあるような気がする』ような冷や汗。
「政宗、何か知ってるの?」
「いや…知ってるって言うかな…心当たりがねぇことも無いってとこか」
「鬼に知り合いでもおるのか?そなたならばそれもまた妙ではないが」
「そうなの?」
元就の言葉に慶次は首を傾げた。そういえば、自分は彼が妖であることは判るし知っているのだが、何の種族なのかは全く知らないのである。訊く必要も無いからと放っていた事もあって。
だが、良い機会だから今にでも聞いてみた方が良いかもしれない。
そんなことを思っている間に、政宗はため息を吐いて口を開いた。
「そいつが白髪で眼帯してる男とかだったらほぼ確実に知り合いだ」
「慶次、どうなのだ?佐助はどのように言っておった」
「えーっと…ピッタリ?」
「本気でか」
「嘘言う必要ある?」
「…ねぇな」
頭が痛くなってきたらしい。政宗は額の辺りに手を当て、再度ため息を吐いた。先ほどよりも非常に深々と。
「やべぇよな……こんな姿見られて無事に済むわけねーし」
「…?」
こんな姿、と言う言葉に慶次は訝しさを覚えた。一体何が悪いのだろう。いたって、普通に見えるのだが。
「…よし、元就、帰るぜ」
「旧知なのか。ならばしかたあるまい」
だが元就の方は理解が及んだらしく、静かに頷いて進行方向を変えた。恐らく家の方に足を向けたのだろう。恐らくというのは、彼の住居を自分が知らないからこその表現である。実際、教えてももらえないのだ。
知り合いならどうして逃げることがあるのだろうとも思ったが、そこは事情でもあるのだろうし自分が首を突っ込む場所ではない。
去る二人を見送ろうとし、丁度その時、少し離れた路地から一つの影が現れた。
長身の、男の、白い髪で、左目に眼帯をしている……慶次には判るのだが、妖。
その妖は、政宗に目をとめた瞬間にその目を大きく開いた。
「…政宗?」
呼びかけられた政宗は、ばつが悪そうに視線を逸らす。
どうやら、彼が件の鬼らしい。
そんな感じの久々邂逅です。…そんな簡単に片付ける話でもないけど。