帰宅ルート途中の大きめのスーパーに寄って夕食の材料を買って、その後、稀に本屋に向かって雑誌や小説などを購入する……というのが、受ける講義が全て終わってから曹操が取る基本的な行動だ。上手く時間調整ができれば一緒に暮らしている夏候惇と共に帰路につくこともあるが、そのような事はおおよそ無い。
だからこの日も、スーパーの中を一人歩いていたのだ。今夜は素麺で良いだろうか、などとのんきにも考えながら。
……今からでも、過去の自分に忠告に行けないだろうか。
とは、割と真剣な意見である。恐らくスーパーに来て直ぐ買い物を終わらせてとっとと帰っていれば、こんな事態に陥ることはなかっただろうと思うのだ。特に予定は無いからと、ゆっくりと食品売り場を回っていたのがいけなかったのだと。
まぁ、直面してしまった以上、この現状は最早変えようがないのだが。
ぎう、と衣類の裾を握る小さな子供サイズの手を眺め、どうしようかと腕を組む。
その手の持ち主は、こちらの背丈の半分の高さも持っていない、小さな子供に見える何かだった。幼稚園児の中でも、恐らく年少ぐらいの見た目だろう。
一見すると親とはぐれた子供にしか見えないが、頭についているバーコード付きの紙と値札、それに「半額」のタグがそうではないと訴えていた。……勿論、そんな訴えは無視して近くにいた顔見知りの店員、というかアルバイトにこれは迷子ではないかと声をかけたが。すると彼は間違いなくこれは商品であり一応人間ではないと告げた後、酷く良い笑顔で「懐かれたなー、曹操。買って帰ったらどうだ?」などと言ってきたので、生活費の無駄遣いをするつもりは無いとだけ返しておいた。
念のため他の店員を捕まえて聞いてもみたが、返ってくるのは同じような返答ばかり。そうやって得られた彼らの意見を統合してみれば、どうやらこれは人形の類に分類されるものらしいということが分かった。そう考えるにはあんまりにも生きた人間の様に見えるのだが。
そんなものがどうして食品売り場で、しかも勝手に動き回っているのかという疑問は当然だが抱いた。勿論、問いかけもした。その度に彼らは顔を逸らし、手に負えないのだと答えるだけだった。ならばどのように手に負えないのか、と訊こうと思った頃には彼らはそそくさとどこかへ逃げていて、結局聞けずじまいである。
仕方がないので着いてくるこれをそのままに、三人分ぴったりの量の夕食の材料を籠の中に放り込みつつ普段通りに売り場を歩きまわって、今。
レジの傍で、曹操は傍らに立つその小さな商品を見下ろしている。
……いい加減、これをどうにかしなければならない。
半額のタグと値札を見る限り、仮に買ったとしても直ぐには生活が苦しくなることはなさそうではある。しかし、人形と形容されていたが、これもどうやら生き物であるようなので、まず間違いなく何かを食べることになるのだろう。そうなると、長期的に見ると家計は随分と大変なことになる様な気しかしない。ただでさえ自分たちの所には、何をするでもないのに転がり込んできた大きな奴が一人居座っていたりするのだから。これ以上負担が増える事は避けたい。
だから、出来ることなら買わずに帰りたいところではあるのだ。
だというのに、服を握るこれの手が、それを容易くは許してくれそうにない。すっかり自分に買われるつもりでいるようだ。そして恐らく、その意思を覆すのは難しい。
困ったものだと腕を組み、商品であるらしいそれを改めて見て、首を傾げた。
何だろう、これを見ていると何かを思い出す。
目を細め、思い出そうとしたところでそれが顔を上げた。
静かであるように見えるその目の奥に、どこかギラギラとしたものが見えた瞬間に気が付く。あぁ、これは呂布に、勝手に自分たちの住んでいるアパートの一室に転がり込んできたあの人騒がせな奴に似ているのだ。決めた事は譲らない所だとか、今見えているこの目とかが。雰囲気も似通っている様な気がする。
となると、もしも仮にこれを買って言った場合、家に呂布が二人いることになるのか。
それは流石に避けたいと、改めて諦めてもらう方法を考えようとした、その時。
「あれ、まだレジ通って無いのか?」
ひょこりと、後ろから出て来た頭に邪魔をされた。
曹操の経っている場所の斜め後ろの、丁度小さいのが見下ろせる所に陣取って、顔見知りのアルバイター……劉備は首を傾げた。
「あれ……もしかして、買っていかないのか?」
「あまり乗り気ではない」
そう言うと、服の裾を握る手に力が入ったように感じた。
敢えてそちらに視線を向けず、劉備の方に言葉を投げる。
「これ以上家に呂布を増やしてたまるか」
「あー、やっぱり呂布っぽいって思った? 実は俺も一目見てそう思ってさ、じゃあ引き取ってもらうとしたら曹操ぐらいかなぁって思ったんだよなぁ」
「貂蝉でも呼んで来い」
「それは考えたけど、今は邪魔したらまずいだろ」
「……あぁ、最近忙しいとか言っていたか。それで俺か?」
「そういうことだな」
曹操になら安心して呂布を預けられるし。
うんうんと頷きながら言われた言葉に、少し渋面を作る。何故だか最近、妙に呂布関連の相談を受けると思っていたのだが、この評価が原因となっているのだろうか。だとしたら何とかしてそんな事は無いと広めたいのだが。
難しいだろうかと考え込みかけたところで、あぁそうだ、と劉備が手を打った。
「なぁ、曹操」
「何だ、劉備」
「これでどうだ?」
そう言った彼はポケットからもう一つの半額タグを取り出し、呂布の様な小さなそれにくっつけた。
半額の半額、とは。
随分と安くなったなと思うと同時に、勝手にこんな値引きをして良いのかと言う疑問がないわけもなかったが……もしかしたら、始めからこうするようにと言われていたのかもしれないとも思えた。それぐらいに劉備の動きにはためらいがなかった。
それに少し呆れていると、良い仕事をしたと言わんばかりの笑顔を彼はこちらに向けた。
「ほら、凄くお買い得だろ? 今買わないと損だぞ」
「そこまでして俺に買わせたいのか……?」
「買わせたいな。というか、いい加減誰かが買って行ってくれないと困るっていうのが正直なところではあるんだよ」
「……ほう?」
どういうことだと続きを促せば、彼は困った様に頬をかいた。
「何と言うか……こいつ、妙に強いんだよな。しかも、普通の店員には従わないしそっぽ向くし、ゲージみたいなやつに放りこんでも自力で出てくるし、困った奴なんだ」
「……」
考えていた以上に呂布っぽかった。
思わず福の裾を握り続けているそれを見下ろす自分に、彼は続けて言う。
「俺が買って帰ろうかと思った事もあったけど、普通に嫌がられたし。こいつが自分からここまでアピールするのを見るのは初めてだから、ちょっと応援してやりたいっていう気持ちもあるんだと思う」
だから、どうだ?
改めて問いかけてくるその声に、息を吐く。
「……これに関する情報を全てよこせ。考えてやらんでもない」
「え、本当か!?」
「考えるだけだぞ」
あれだけ言われては、そのまま帰る気も失せてしまうというものだ。
買うかどうかは与えられた情報によって決めるのだと念を押すが、劉備は満足そうに笑った。
「充分! ありがとうな、曹操!」
「だからまだ買うと決めたわけでは……まぁ、良い。それよりも早く話せ」
「分かった。えっと、まずこいつの食べるものとかなんだが……」
劉備の言葉に耳を傾けながら、もう一袋素麺を買って帰った方が良いだろうかと、ふっと思った。
というわけで、大学帰りの曹操様が小さなりょふに見つかってしまったお話でした。
劉備がスーパーでアルバイトしてるのは、なんか気づいたらそうなってた感じ。ちなみに劉備も大学生。
曹操様は家庭教師のバイトをしてて、生徒は馬超とかそんな感じだと思う。
曹操様宅については、一緒に住んでた方が何かと便利なので(家事とか買い物とか)一緒に住んでいる曹操様と惇兄のところに、何故か呂布が転がり込んできてるという感じです。惇兄は正直、呂布をとっとと追い出したい。
小さい人形っぽい生き物っぽいなにかは、なにかという意外表現のしようがないなにかです。
半額だったのは買い手がいなかったから。
続くかは未定。