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あの学園にいる教師には、気苦労が絶えないと思います。

登場……絹江、シーリン、ミン



 職員室に設けられた休憩室でコーヒーを飲んでいると、泣きながら走り去る影を二つほど目にとめてしまい、思わず溜息を吐いた。国語と英語の教師が一人ずつ。時間割からして三年C組とD組の授業持ちだったのだろう。
 心の中で同情し、再びコーヒーを口にする。
 自分は情報の教師だから良いものの……他の、特に国語と英語の担当する同僚たちの苦労は大変な物だろう。少なくとも、新しく誰かが補充されるまでは。
「まったく……どうして教師側はこんなにゴタゴタするのかしら」
「それは生徒が強すぎるから、ですよ」
 期待していたわけでもない答えが返ってきて、驚きながらも声の聞こえてきた方へと顔を向ける。
 そこにいたのは、担当教科の都合上、しばしば話をする男性教師。
「ミン先生」
「隣、良いですか?」
 微笑みと共に訊かれ、絹江は黙って長いすの端へと体を寄せた。かまわない、という意思表明である。
 ありがとう、と言って彼が座った頃合いを見て、口を開く。
「にしても……生徒が強い、というのは言い得て妙ですね。しっくりとくる表現です……場合によっては生徒会が教師よりも権力を持ってる学園ですし…」
「でしょう?生徒会以外でも、わりと先生よりも能力が高い生徒が多かったりしますからね。教える側としては困りものです」
「えぇ、本当に。性格がちょっとっていう子もいますから」
 言いながら頭に浮かべていたのは、沙慈がいる一年C組の様子。
 ルイスは良いとしよう。少し煩い方に分類されはするだろうが、だとしても授業中は大人しいし、性格はいたって普通だ。フェルトは何も言うべき箇所はない。
 それよりも……問題は、ネーナと刹那だろう。
 ネーナの方は、言いにくいことをずばずばと言ってくる。あれは実はかなり痛い。対して刹那の方は……無言の重圧、か。すでに絹江自身は彼らのそういった所に免疫がついてしまったから良いものの、そうでない他の教師たちにとっては十分な脅威に違いない。
「無自覚なのが怖いですね…」
「追い出そうという明確な意思があると、さらに怖くなりますけど」
「滅多にそれが無い、というのは救いなんでしょうか…」
 それとも、滅多にだろうと、そういうことがあるのだから、救いはないと言うべきだろうか。
 というか、毎日のようにそれがあったら、この学園は学園としての役割を果たすことは無かっただろう。教師の数が必要数に追いつかない。
「そんな生徒たちが仲良しグループのお友達同士で本当に助かったわ……これで仲が悪かったら、もう収集がつかないもの」
「当の本人たちは、仲が良いなんて言われたら、それこそ必死で反論しそうですが……あぁ、例外は除きますけど」
「ですね。生徒の事はある程度は彼らの方で、気にくわなかったら撲滅……じゃなかった、害になると判断したら解決してくれますから……そこは助かってます」
 時折起こる生徒間のとてつもなく大きすぎるトラブルや、毎日のように起こる容姿の辞職騒動と、何よりも学園オーナーの突拍子もない思いつきのことを気にしなければ、日常が安定しているという点において、ここは良い所ではある。
 ただ……その三大難題を気にしないというのが、最も困難となる事柄なのだが。しかし、その事実はスルー。難しすぎる前提をイチイチ取り扱っていては、ここではやっていけないことくらい、学園に就職した翌日から悟っている。軽く受け流すことができなければ、ここで働くことはほぼ不可能だということは。しかも生徒の手によってではなく、学園オーナーの手によって悟らされたというのは…。
 あのオーナーにしてこの学園あり、である。
「少し目を瞑れば、案外良い職場ですよね」
「その少し、が大変なんですけど」
「そこは諦めるしか……」
「絹江先生」
 ふいに、上から声が降ってきた。
 見上げてみると、そこにはシーリンの姿。
 ご愁傷様、と何より雄弁に語るその瞳に気付き、嫌な予感を覚える。それは……そう、折角の休み時間を理不尽な事情によって、無理矢理取り上げられるような、そんな予感。
「大変申し訳なくは思いますけど、一年C組に行ってくれません?」
「どうして……」
 ですか、と続けようとして。
 新しく、とぼとぼと職員室に入ってくる男性教師を見かけた。
 たしか……あの教師は今、一年C組の授業を行っていたはずなのだが。
 一体どういう……と考えるまでもなかった。あの教師の様子と、自分が呼ばれたという事実が指す事柄は、つまり。
「……また辞職希望者ですか?」
「そう。今日はまだ三人ね」
「まだって……」
「だってそうでしょう?最高記録は一日で十人……だったかしら。あの日は意図的に止めるように仕向けられたんだったわね、全員が全員」
 そういうわけだもの、一ケタなだけ可愛いものでしょう?
 皮肉げに笑う彼女に、言い返すことも出来ずに息を吐く。
「間違ってないですけど……何とかしようとか」
「思わないわ。無駄だもの」
「言い切りますね……簡単に変わる物では無いですか……要は性格ですから…」
「でしょう?ミン先生」
 どこか遠くを見やる二人の姿を目にし、彼らも苦労しているのか……と感じる。
 ミンはソーマと親しいから彼女のこと……といっても、彼女は大人しいから普段は大丈夫だろう。ハレルヤさえ絡まなければ。
 シーリンの方は三年のマリナの保護者役。三年生の彼女も大人しくはあるのだが……なんだろう、どこか畏怖の念を抱かされるのだが。
 なるほど、彼らが諦観している理由が分かった気がする。
「じゃあ、そろそろ行きましょう」
「その方が良いですね。いい加減行かないと、収拾が付かなくなるでしょうし……」
 現に、今も大声が聞こえてきているのだ。この声は……ネーナとルイスか。あの二人は仲が悪い。
 ちゃんと収めることができるのだろうか……と心配に思いながらも絹江は席を立ち、ミンに見送られ、シーリンと並んで職員室を出た。



~移動中の廊下で~

絹「そういえば、シーリン先生もどこかへ行くんですか?一緒にいますけど」

林「私は三年D組へ……ね」

絹「あぁ……頑張ってください」

林「貴方も」


大変だけれど、私たちまで辞めたら…終わりよね。


いつか、「意図的に教師を辞めさせていった日」の事も書きたいけれど…さてさて、どうなることか。
本作では絶対に有り得ないこの三人の組み合わせ。属してる所属まで違うし…それに、もう死んでしまった人が半数以上……。
だからこそ、こういう場所で出会わせてみたいのですが。
私的に、ミン中尉=家庭科教師という設定がお気に入りです。
似合うと思いませんか?
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