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後ろの木の陰で刹那とネーナが話していることは、ハレルヤの耳にも入っていた。違うのは眼前に広がっている景色が見えないか否かという事だけで、実際は同じ場所と言っても過言ではないくらい近くにいるのだ。聞こえてこないほうがどうかしている。その場合は一体どれほど耳が悪いのか。
とりあえず……ネーナの話はつまり、この惨状がミハエルの手による物かもしれない、ということらしい。彼女は次男の性格を良く知っているから、彼がそんな事をするはずがないと混乱状態に陥っている。有り得ないと思いながらも、その事実を突きつけられているのだから、仕方がないといえば仕方がない。
ミハエルの事は昨日今日会っただけで、そんなに詳しく知りはしないが、それでも彼がこれをするとは思えない。それは、ハレルヤも同意見だった。だいたい彼は町の方にいるはずである。何がどうなったらこちらに来るような事態になるのだろう……・と、先ほど、ここに辿り着いた直後、ネーナの言葉に始めて意識を向けたときの意見だった。
『だった』、というのは今は違うと言うこと。
注意深く観察してみると慣れ親しんだ気配が歪んだ状態でそこに、微かに残っていたのだ。普通にいただけでは残り得ない気配。それが残っていたというのが指すのは、『普通にいたわけではないが』ここにいたという事実。
精神体であるアレのことである。どうせミハエルをどこかで見かけて、丁度良いから体を奪い取ったというところだろう。実体が無い状態で動き回るのは何かと不便だろうから、きっと。
ということは、トリニティの次男は、酷く不幸な被害者ということ。
ご愁傷様、と呟いて思考を続ける。
なるほど、そういうワケなら『倉庫』と称されるあの場所の、あの扉を開いた先に何も無かったのも納得がいく。『入り口』の設定はアレルヤが変えたのではなく、アレが変えたのだ。いかなる手を使ってでも『起きよう』としているアレが『入り口』を変えて、何も知らない誰かに自分を『起こす』目覚まし時計の役割を与えようと、ただ、それだけのために。
往生際が悪い、と溜息が吐きたくなった。もう十年近く待ったのだから、もう少しくらい寝ておけば良い物を。できることなら『起こし』たくないが、いつかは『起こさ』なければいけないのだから、沈黙を保っておけば否応なしに『起こさ』れるというのに。
それでも、できるだけ早く『起き』たいのだろう。
酷く、迷惑な話だ。
「ハレルヤ」
「ん?チビ、どうかしたのか?」
ふいに名前を呼ばれて振り向くと、刹那がある一方向を指さしていた。
何だ?と首をかしげていると、彼は自分と目を合わせずに……否、自分の後ろに広がっている惨状に視線を向けずに口を開いた。
「あそこに人がいる。見た限りだと…どうやら貴族のようだが」
「生きてんのか?死んでたら見つけた意味ねぇけど」
「遠くから見ただけだが…胸は上下していた。血もついていない」
生きている、ということか。
ほんの少しだけハレルヤは考え、決めた。
「よし、そいつ運んでこっから離れるぞ」
「その貴族が敵ということもあるが……」
「んじゃ尚更だな。人質に使えるかもしれねぇし」
「成る程」
頷く刹那と共に、ハレルヤはその貴族がいる方へと足を運んだ。