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それは本当に些細なことだけれど
その頃の僕ら・俺らにとってはそうは思えなかった
06.小さな小さな夢
「ケーキ、食べてみたいよね」
始まりはこんな一言。
はぁ?と聞き返せば、だって、と片割れは続けた。
「食べたこと無いし、甘いらしいし」
『お前……本当に甘いモン好きだよな』
「ハレルヤだって好きでしょう?」
スパンと切り替えされて、黙る。こういうときに変に言い訳をすると、絶対に勝てないのだ。ならば言い合いを防ごうというのも立派な戦術だと言えるだろう。それに……まぁ、事実だし。ムキになって否定するのもどうかと思うわけだ。
ちなみに理由の割合としては3:7である。
というか、それは置いておいて。
『ケーキって、何か色々種類あるんだよな』
「そう聞くね。えっと…ショートケーキ、チーズケーキ…」
『チョコもあったろ。あとモンブランだったか』
「……これって全部、どんな味?」
『俺に訊くな、俺に』
アレルヤが知らないことを、一体どうして自分が知り得るというのか。彼が単に忘れているだけのことなら覚えているが、さすがに知識として無いことまでは覚えられない。無から有を作り出すのは不可能だ。
やっぱり全部…甘いのかなぁ、と首をかしげる片割れを見、少し溜息を吐く。だから、想像で何でも分かったら苦労はないというに。
いや……分かる必要は無いのか。どうせこの機関にいたら知ることも出来ない事柄だ。想像して考えて、それだけでも十分な満足感は得られる。
何て愚かな行動だろう。
それを分からない片割れではないのだろう。けれど、そういう無益な思考を止めることは、きっと出来ないに違いない。これだけが、この場所で許されたたった一つの娯楽であり、救いなのだから。少しでも現実から目を逸らすための、壊れてしまうのを遅らせることが出来る、端から見れば実にくだらない思考。
だが…その勝手な想像を、本当かを確認してはならないと誰が決めた?
『てか、どうしてンな話を突然に?』
「研究員の一人がね、何かこういうこと話してたんだよ」
『…ふぅん』
独自の世界を作り出しているこの機関で外界からの知識を得のならば、外と中を行き来している研究員達を通すしかない。理解はしているものの、知識が気にくわない彼らから来る、というのは決して快いものではない。
ご苦労なこって……片割れに伝えないよう、小さく吐き捨てる。自分たちをこんな目に遭わせておいて、自分たちはよくもまぁのうのうと。
『……アレルヤ、お前、今のままで満足か?』
「え?」
『こんな鳥籠、ぶっ壊してぇとは思わねぇのか?』
「出て行きたいかってこと?……無理だよ」
悲しげに微笑む彼を知覚していると、何だか酷くイライラとした気分になる。彼に対してではない。こういう表情をさせる、全ての対象が憎らしく思えるのだ。この場合は今属している、この機関そのものと、研究員達。
彼らのお陰で自分は片割れと出会うことが出来たと言えるのかも知れない。ならばそこだけは感謝しよう。だが、その他のことはダメだ。何もかもが、アレルヤを悲しませる結果しかもたらさない。そんな場所、物、者、あるいは、それらを内包して放っている世界そのもの……誰が許せるだろうか。
だから。
『アレルヤ、お前、ケーキ食いたいんだよな』
「…?うん、気になるから……というか、どうしたの突然」
『いや?単なる確認だけど』
「……変なこと、企んでないよね?」
『俺がそんなことをすると思ってんのか?』
「今までやってきたから言ってるんじゃないか」
全くもう。そう呟きながら、片割れは溜息を吐いた。
その彼の裏側で、ハレルヤは小さく笑う。
やっぱりこの場所は、アレルヤにとって害にしかならない。悲しませるだけの場所……ならば、そんな物は必要ない。早く壊すか、出て行くかした方が良いだろう。どちらにしろ、いくらかの犠牲が出るのは確定済みだが。
大丈夫だ、アレルヤ。絶対にここから出してやる。
それで出れたらケーキ、一緒に食べような。
(お前のためなら、俺は何でも出来るんだぜ?)
私たちにとっては小さい夢、というか夢とまで行かない事柄ですよね…けれど、へたしたら、ケーキという存在すら知らなかったんじゃとか、そんなことまで思わせる彼の過去……頑張ってきたんだなぁ……本当、よく生きてくれました。
心の底から感謝の言葉を。
ありがとう。