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グラハムはとある廃屋の中にいた。
それほど老朽化は進んでいないが、それでも所々に穴のある廊下を、出来うる限りの慎重さで進んでいく。ここで穴に落ちたら良い笑い者だ。
そして、とあるドアまで辿り着き、それを開けば……
中から、辞書が飛んできた。
「遅ぇんだよこのバカッ!いつまで俺様を待たせる気だ、あぁ!?」
「すまないな、こちらにも都合という物があるのだよ」
「ンなモン俺が知るか」
「これは手厳しいな、鈴の君」
「鈴の君言うな!……テメェが言うと気色悪ぃんだよ…」
「そうかな?」
苦笑しながら訊いてみれば、帰ってきたのは無言の肯定。
やれやれ、とグラハムは肩をすくめながら、目の前にある机の上に座る『人形』へと改めて向き直った。
ジッと見てみると、その視線が嫌だったらしい彼はさらに顔を顰め、直ぐ傍にあった別の辞書へと手を伸ばした。第二陣の準備らしいが……本気でやらなければ当たらないことは分かっているだろうに、それをしないところ…やはり素直ではない。
それでは、嫌ってないと言っているのと同じだというのに。
「で、食料はちゃんと持ってきたんだろうな…?」
「そのくらいはキチンと持ってくるとも。だが、後でだ」
「持ってきてねぇし!?…で、何だ?他の用件でもあるのかよ?」
「杖の方が見つかった」
「……へぇ?」
この話題は気を惹いたようで、彼はゆっくりと辞書から手を放した。
それから腕組みをして続きを促す彼の瞳には真剣な光、纏う空気もそれに類似した物になっていた。おふざけやじゃれ合いは暫くサヨウナラと、つまりはそういうことだろう。
当然か、と思いながらグラハムは言葉を続けた。
「といっても、まだ都には着いていないようだが。数日後、この辺りにある美術館で展覧会があるのは……知らんか」
「俺が外に出れると思うなよ?」
「熟知している。君は身を隠すべき存在だ」
喋って歩いて動いて……そんな人形が町中をあるいていれば、間違いなく人目を引くことになるだろう。結果として死傷者が出てもおかしくはない。
だからこそ、グラハムは起きてしまった彼と契約を交わした。
彼の求める情報を出来るだけ集める代わりに、ここで大人しくしていてくれと。
「…で?あの煩ぇ杖はその美術館に飾られるってか?」
「厳しい警備の中でな。何の抵抗もないところ……どうやらあちらはまだ起きていないようだが、どうするのかな?」
「決まってんだろ?」
そう言って彼は笑い、机から飛び降りた。
着地したのはグラハムの目の前。
そして、彼は自分を見上げて嗤った。
「日時と場所を教えろ」
「…私が、死傷者が出るような選択をすると?」
「教えねぇならそれも構わねぇ。俺は勝手に動くだけだ。勝手に動いて、都のやつらを全員ぶち殺すくれぇはするかもしれないけどな」
あまりに無邪気に笑い、嗤う彼を見てグラハムは問いかけた。
いつもの、本当は優しい彼を知っているからこそ。
彼がここまでして仲間を集めようとする理由を理解しているからこそ。
「そのようなことをして、君の半身は悲しまないのか?」
「悲しむだろうな。けど、それ以上に喜びも感じるはずだぜ。何せ、仲間に会えるんだ」
そして、瞳を閉じて彼は続けた。
「俺はアイツのためだけに生きる、そう決めてんだ。アイツのために何かしたとして、それで後悔なんてする気はねぇよ。ま、人間なんざどうなろうと関係ねぇのは事実だし、な」