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目覚めれば、そこは見慣れない倉庫の中だった。
閑散とした空間で、壁の方に数個ほど木箱がある程度しか荷物はない。なのに広い、というからあんまりにも広大に思えてしまう。けれどもまぁ……国の神殿よりは小さいだろう。比べるのもアレかもしれないが。
そんな倉庫の中心で、ついと視線を巡らせてみれば……直ぐ傍には誰よりも頼りにしている侍女、最近まで音沙汰もなかった親類、今日であった白髪の少女の姿があった。
しかし後一人……黒い衣類を身につけた女性の姿が無いことを訝しく思う。
自分たち四人が居て、五人目だけが居ないというのは、些か不自然ではないだろうか?
それに、誰が自分たちをこんな場所へと連れてきたのかも不明だ。爆発が起こったのは何となく覚えているから、きっとそれから助け出してくれたのだとは思うが……誰が助けてくれたかによって、さらなるピンチに陥ることは間違いない。
国があんな状況でも一応囮とはいえども都に来てしまったマリナだが、これでも一国の皇女。考える場所はしっかりと考える。
にしても自分たち以外はいないのだろうかと、さらに注意深く倉庫内を見渡してみると、自分たちから最も近い、とある一角にある木箱の上に座る人影を見つけた。
年の頃は二十代……前半だろう。性別は男で、長い前髪の隙間からは左右で違う色の瞳が見えている。銀と金、だ。
彼は手元にあった黒い本の上に指をゆっくりと走らせていたが、マリナが起きたことに気付いたらしい。本を閉じてからこちらを向き、ニコリと微笑んだ。
「起きましたか?」
「……貴方が、運んでくれたの?」
「えぇ。危なかったですね、爆発なんて…あ、幸い、巻き込まれた人はいません」
「そう……何とお礼を言ったらいいか」
助けてくれた上に、このような所まで運んでくれたなんて……お礼の言葉だけでは足りない気分だ。もっとちゃんとしたお礼がしたい。
けれど今ここでは言葉以外を渡すことは出来ないのも事実。
残念に思いながら、マリナも微笑みを浮かべた。
「ありがとう、アレルヤさん」
「……えっと」
彼……アレルヤは困ったような笑みを浮かべて、頬を軽く掻いた。
それから閉じられた本に視線を落として、もう一度上げてこちらを見た。
「…どうして、その名前で僕を呼ぶんです?姿が違いますよ?」
「雰囲気が一緒よ。だから同一人物」
「……………それだけ?」
「えぇ。それ以外に何があると思う?」
というか、それ以外はどこもかしこも違っている。性別も身長も肌の色も目の色も何もかもが。多分、今の姿の方が本当の物なのだろうが。
しかし、その雰囲気だけでマリナには充分だったのだ。
「私、他の人間よりも人が纏う空気を読むのが得意らしくて」
「それで分かったって事ですか?…………得意すぎでしょう」
「ふふふっ、いいじゃない。まさかこんな事で役立つとはね」
思っても見なかった状況で、思っても見なかった役立ち方である。
人生は何が起こるか分からないと思いつつ、マリナは立ち上がって木箱の方へ向かった。
それからアレルヤの隣に腰掛けて、クスリと笑う。
「大丈夫よ、誰にも言わないから。…刹那やソーマちゃんは知っているのでしょうけど」
「はい……あ、もういっそのこと、シーリンさんには伝えちゃうのでそこは良いです」
「その方が無難ね。私、彼女に隠し事が出来た経験がないもの」
「…何となく納得です」
それから二人で顔を見合わせて笑い合い、気付く。
いつの間にか、黒い本がアレルヤの手元から消えていた事に。