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夜になっても紅龍が帰ってこない。
その事実に不安感を抱き始めたのはいつ頃だっただろうか。
「紅龍……どうしたのかしら。私に断りもなく…こんな時間まで帰ってこないなんて…」
「落ち着いたらどうだい?」
落ち尽きなく室内を歩き回っていると、呆れたように零された溜息が耳に届く。
視線を向けると、都を裏で動かす存在たる彼が苦笑を浮かべて足を組み、ソファーに座っているのが見える。くつろいでいる、しっかりと。それは余裕からか、それとも油断からかは分からないけれども、確かに。
「彼だって子供じゃないだろう?なら、放っていても大丈夫さ」
「……貴方は私たちのことを知らないから…」
「ん?何か言った?」
「いいえ、何も」
ポツリと漏らした言葉を二度も繰り返してなどやらず、留美は再び歩みを再開する。もちろん落ち着いて座って待っている方が良いのは分かっていたが、そうやって気を紛らわせないとやっていけないとも思っていた。
留美には両親に関する記憶はない。それどころか過去の記憶はどこにも見あたらない。
俗に言う、記憶喪失に陥っていた。
分かるのはせいぜい、孤児院にいたころの事から後。その以前、孤児院に入る前のことは全くと言っていいほど覚えていない。思い出そうとしても、何も浮かんでこない。
それがどれほど不安なことか、分かる人はいるだろうか?ポッカリと、足元に穴が空いているような感覚。その穴に掛けられた細い板に立って、バランスをとり続けなければ落ちてしまいそうな恐怖感。そして、落ちてしまえば戻って来れないだろうという諦観。
そんな危うい状況で、辛うじて持ちこたえているのは……孤児院での楽しい記憶、そして紅龍の存在があったからだろう。
楽しかった孤児院での記憶は、崩れそうになる思いを支えてくれた。
ずっと傍にいてくれる紅龍の存在は、留美に勇気を与えてくれた。
大切な大切な、二つの大きな欠片。
それが一時的でも抜け落ちているという恐ろしさ。
この思いを、目の前の支配者が知ることはないのだろう。
「それは……幸運なのかしら、不幸なのかしら?」
「何の話?」
「お気になさらず、こちらの話ですもの」
「さすがに二度目だと気になるんだけどね……まぁ、良いか」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
微笑んで返せば、相手も笑みを浮かべて返す。それが心からの笑みではないと、そのくらいは誰だって分かるだろうが。
自分たちの関係は、こう言うときに便利だ。仲間でなく友人でなく、単に利害に関する関係で結びついている自分たち。だからこそ相手の深い部分に踏み込むこともなく、踏み込まれることもない。やんわりと拒絶すれば、相手は素直に引き下がる。
それは果たして、どちらに対して致命傷になるだろうか。ふと、考える。
自分には、リボンズが何を思って都を支配しているかが分からない。本当の目的があったとして、それも知り及ぶところではない。それは彼も同様だし、教える気なんてさらさらないけれど……この状況。
一体、運命のサイコロはどちら側に転がっていくだろう?
どちらかに転がっていったとして、それは留美自身の目的の妨げになるだろうか。
考えてみても分からなかったが、分からないままであるのは仕方がないのだろう。そう思い、考えるのを打ち切った。
自分はしがない人間で、異端でも月代でも、ましてや魔族でもない。
そんなちっぽけな存在が、運命をどうのこうのと出来るわけがない。