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空白の四ヶ月の間の話です。
アニュー…。
20.春が来たら
「次の春が来たらさ」
その人は、そう言い出した。
「日本に行ってみようぜ」
「日本?」
「そうそう。何でもな、あの辺りは春になると桜が凄い……んだと、さっき沙慈から聞いた。アイツ、日本出身なんだってよ」
「へぇ……」
日本、桜。
知識としては知っていても、実際に見たことはないそれら。凄い、などとは直に桜たちを見たことがあるだろう存在から言われとなれば、興味が湧かないワケもなかった。
「どんな風に凄いのかしら」
「さぁな。俺は行ったこと無いし分からないな。ただ……」
「ただ?」
「散るときが一番良いって」
まぁ、聞きかじっただけだけどな。
苦笑しながらそう続ける彼に微笑みかけ、それは良いわね、と答えた。
「桜の花びらって薄い桃色なんでしょう?それが舞うのは綺麗だと思うわ。青空の下だったら尚更なんじゃないかしら」
「お前の髪にも似合いそうだよな」
私の髪に、彼は指を絡めた。
「ほら、薄い色同士だから合うんじゃないか?上からひらひらーって集めた花びら落としてみるのも良いかもな。…あ、でも集めるのが大変か。だいたい下に落ちちまってるもんな。そんなの降らしたら大変だろ」
「かもしれないけど……ねぇ」
「ん?」
「……手、恥ずかしいから止めて欲しいんだけど…」
絡められていた指は、いつの間にか髪を梳くようになっていた。しかも優しく、丁寧に、何か大切な物に触れるようにで、それが指先から感じられるのがくすぐったく、恥ずかしい。たまに指先が頬に軽く触れて離れていくことも、その感じに拍車をかけていた。
何て気取った様子だろうと、顔を伏せる。
すると上から笑い声が降ってきた。
「おいおい…耳まで赤いぜ?」
「っ誰のせいだと思ってるの!」
「分かってる分かってる。俺のせいだろ?」
勢いよく顔を上げればやはり彼は笑っていた。とても楽しげに。
あぁ、敵わないなとこういうとき、思う。彼はどうしようもなく格好良くて、暖かくて、どうしようもなく惹かれてしまって。そんな彼の傍にいることが出来るのは、本当に夢のような現実で。
けれど私は知っている。これは現実のような夢なのだと言うことを。
きっと時が来れば夢だから、この現実は跡形もなく消え去ってしまうのだろう。私だけがその夢を覚えているだけの、酷く儚い過去になってしまうのだろう。そして、そうなるためのきっかけを、私が作り出してしまうのだ。
なんという世界だろう。私は初めから皆の敵で、なのにこうやって『敵』に恋いこがれてしまって。そうなるように歯車をかみ合わせてしまうなんて、この世界は。
なんという世界だろう。
なんて、優しい世界だろう。
世界に意志があるのなら、私は世界に感謝の意を伝えたい。
ありがとう。ありがとう。
敵同士の自分たち、本来ならこんな傍で一緒にいることもなかった私たちを、こんな近くまで運んでくれたことに、多大な感謝を送ろう。彼がマイスターになって、私がイノベイターであったことへと感謝の意を示そう。
ありがとう。本当にありがとう。
おかげで私たちは出会えました。
だから。出会えたのだからせめて。
「……約束しましょう?次の春が来たら、一緒に日本に行って、花見をすること」
私が笑むと、彼は嬉しそうに、あぁ、と頷いた。
終焉までは、この夢の中で微睡ませてください。
(でも、ごめんね、それは)
(それはきっと果たせない約束なの)
…幸せになって欲しかったな。