15.負けられない
「……じゃ……じゃあ、こうしようよ」
無理矢理作ったとしか思えない笑みを浮かべて、アレルヤが言う。
「ジャンケンで負けた人が……一番最初に鍋に箸を付けよう」
「それしかないな……」
「……」
難しい顔をしてロックオンも頷き、刹那は沈黙を肯定として纏っていた。
そんな中である上に、自分にも良い意見があるわけでもない。ティエリアは、はぁ、と息を吐いて汲んでいた腕を解いた。腕を組んだままではジャンケンは出来ない。
そして暗い部屋の中、軽く握り拳を作って、掲げる。
「では、やるか」
ティエリアのその声に応じる様に、残り三名も神妙な面持ちで右拳をあげた。
言い出したのは誰だったのかは、最早問題ではない。そんな事は考えるまでもなく分かり切っている。故に、今、ここであげられる問題点と言うのは、誰一人として彼女に嫌だと言い続ける事が出来なかったことだろう。
おかげで彼女の言いだした事を実践しなければならなくなり、こうも恐ろしい気分を味わう事になってしまったのだ。本来ならばこの時間は、もっと和やか且つ穏やかに過ぎ去っていくはずだったのに。
明かりを付けようにもブレーカーが落ちている……否、落とされている以上はこちらからはどうしようもない。ブレーカーを上げに行くには一度、この部屋から出なければならないけれども、外には見張りの少女が三名ほどいるはずで、ブレーカー付近は提案者本人が陣取っているはずで。
つまり、逃げ道無し。
だからこそ、自分でさえも、こうやって現状に甘んじているわけなのだが。
それにしたって、一体どうして自分たちがこんな事をしなければらないのだろう。言い出した張本人がこの場にいないというのも何だか腑に落ちない話である。まぁ、そんな事、彼女に対して行ったところで意味なんて無いのだろうけれども。
しかし……やはり、納得出来ない。
確かに今は冬場だ。それが相応しい季節ではあるだろう。けれども、だからといってこの種類をチョイスする必要性は全く無いハズだ。
あぁもう本当に。
何で闇鍋なんてしないといけないのだろうか。
ジャンケンの敗者はロックオンだった。
「マジかよ……冗談だろ」
「冗談を言う余裕があると思うか?」
信じられないと言わんばかりの表情で自身の手のひらを見つめるロックオンに対して、鋭くハッキリと現実を突きつけてやると、彼は苦笑を浮かべた。多分、それ以外の表情を浮かべる事が出来ないのだろうと何となく思う。
「……無い、よなぁ」
「諦めろ」
「えっと……死なないと思うから、とりあえず頑張って」
続けて刹那とアレルヤが背中を押す様な言葉を口にする。が、二人とも分かっているのだろうか。背中を押された彼が進む先には、もしかしたら地面が無いかもしれないという事に。分かって言っているのならば相当酷い話な気がするけれども。……そんな事を言ったら、自分だって同類なわけだが。
ともかく、背を押す様な自分たちの言葉は、彼に決心を促すのには十分な役割を果たしたらしい。悲壮感溢れる表情ではあるが、きっ、と視線を中身が黒い鍋から逸らさずに向けるその様は、なかなかに勇敢な物であるように思えた。
箸を持ち、ゆっくりと鍋の方へとその先を寄せて行く彼。
その様をじぃと見守るように眺めていると。
ふっと、アレルヤが口を開いた。
「そういえば闇鍋って、一番最初に箸で触れた物は無条件で取らないといけないんだよね」
「……え?」
そして、その言葉をアレルヤが言い終えたのは、丁度ロックオンの箸が何かにぶつかったらしい瞬間だったらしい。
ぽかんと口を開け、信じられないと語りだしそうな表情を浮かべた闇鍋チャレンジャーに、爆弾発言をした彼が困ったような笑みを返す。
「……もしかしてタイミング最悪だった?」
「最悪のタイミングでは無くてもそれに近いタイミングではあった、かもな……」
「……そ……そっか」
気まずげな顔で視線を逸らした彼に代わって。
面白い事になったと、ティエリアはにぃと笑ってロックオンに話しかけた。
「では、食べていただこうか」
「……ちょっと待て。何か怖、」
「泣き言は聞かない」
「……はい」
数秒後、悲鳴があがったとかあがらなかったとか。
実際の闇鍋ルールがどんなのかはよく分かんないですけど。