「あーれるやっ!」
「うわぁっ!?………って、ミハエル!?」
突然後ろから抱きつかれ、大声を出してしまう。
「ど…どうしてここに?」
彼らがトレミーに来るだなんて、聞いていない。
予定があるのならスメラギが伝えてくれるはずだが……
慌てて身を離そうともがくと、すんなりと解放された。
振り返ると、ミハエルはにまり、といたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「そりゃ、アレルヤに会いたかったからに決まってんだろ?」
「え…」
「いやさ、ネーナ見てても可愛くて目の保養にはなるんだけどさ、やっぱ戦い続きだと癒しが足りなくてなー」
「……癒し?」
「そーそ、癒し。で、癒しといえばアレルヤだろ?」
「いや、だろ?って言われても……」
自分のことだが、よく分からない。
何と返答するべきか迷っていると、内側から声が響いた。
『アレルヤ、替われ』
「え?ハレルヤ?」
『いいから替われ』
瞬間、ハレルヤが表に出た。
「ん?お前………ハレルヤか?」
「そーだよ。俺はハレルヤだ」
彼が出たからか、ミハエルの表情が変わった。
さっきまでは無邪気だったのだが、今はもう、戦闘意欲まるだしの顔だ。
「へぇ……お前がねぇ……初対面の所悪いんだけど、俺、アレルヤと話したいから引っ込んでくれねぇ?」
言いながら彼はきっと、言うとおりにしてはもらえない、と考えているのだろう。
その証拠に、右手がナイフのほうに伸ばされている。
完全に、戦る気だ。
「そうはいかないんだよ、これが。俺はテメェと話すのなんてさらさらゴメンだが、それでもこれだけは言っとかなきゃいけねーからな」
にやり、と笑って(にまり、よりは十倍くらい怖い)ハレルヤは、無造作にミハエルに近づいた。
ハラハラとしているのは内側にいるアレルヤだけだ。
『ハレルヤ、いい加減戻ってよ!ていうか、何しようとしてるの!?』
「大丈夫だって。ちょっと話すだけだ」
『ちょっとに見えないから言ってるんじゃないか!』
半身の受け答えに、さらに不安を募らせるアレルヤ。
こういうときの『ちょっと』ほど信頼できない物はない。
ミハエルに引き続き、ハレルヤも戦闘態勢に入りかけているのも心配の要因の一つだ。
「で、何の用だよ」
「アレルヤに近づくな」
「……何だと?」
「耳ねぇのか?だから、アレルヤに近づくなって言ったんだよ」
『ちょ……ハレルヤ!』
止めるために表に出ようと試みるもハレルヤの意志は強く、どうしようもない。
だから、ミハエルの纏う気配が殺気になっていくのを見ているしかなかった。
「お前、何様のつもりだよ…!」
「別に?俺は俺だけど?」
『ハレルヤ、そういう言い方するから怒らせちゃうんでしょ!?』
「怒らせたいんだから、いいじゃねーか」
『良くない!』
付き合いはかなり長いから、アレルヤには何となくだがハレルヤのやろうとしていることが分かった。
彼はわざとミハエルを怒らせて、攻撃をしてきたところで反撃をしようとか考えているのだ。
そうしたら正当防衛になって、取るべき責任は少なくなるだろう。
つまりは相手を挑発してケンカに持ち込む。あれと同じである。
ただ…どうして彼がそんなことをしようとしているのかは分からないのだが。
「何でアレルヤに近づいたらいけないのか、きちんと説明して欲しいんだけど?」
「決まってんだろ。俺がテメェを気に入らねーからだよ」
「………分かりやすい説明ありがとよッ!」
ミハエルがナイフを引き抜いた。
それを見たハレルヤが嬉しそうに笑う。
「二度とアレルヤに近づこうと思えなくなるくらい徹底的にボコってやるよ!」
『ハレルヤ止めようよ!ミハエルもナイフをしまって!』
ミハエルには聞こえないとは分かっていても、アレルヤは叫ぶ。
本当に、これはまずい。
死ぬことはさすがに……あるかもしれない。下手したら。そう思わせるくらい、二人は敵意をむき出しにしていた。
何とかして、と助けを呼びたかったが、やはりこの声が聞こえるのはハレルヤだけだから意味はない。
『どうしよう……』
悩んでいる間にも、二人は争いを続けている。
今、丁度ハレルヤの拳がミハエルの腹に入った。その衝撃で、彼はナイフを落とす。
それをホッとして見ながら、それどころではないと思い直した。
いくら刃物が退場したからといって、状況が良くなるわけではない。むしろ悪くなるのだ。二人とも、加減をしなくてよくなるから。
『どうやったら止められる……?』
いくら考えても、よい案は浮かばない。
そうしている間にミハエルの蹴りをハレルヤがくらっていた。しかし、アレルヤは痛みを感じなかった。ハレルヤが、そういうものを感じないところまでアレルヤを押し込めているからだろう。
殴り合いは激化していく。
『誰かどうにかして!』
「何をしている、ミハエル」
天に祈りが届いたとしか思えなかった。
声のした方にはヨハン。
それを認めて、胸をなで下ろす。
ヨハンが言えばミハエルは止まるだろう。そうしたらハレルヤも止まる……はず。
そして推測通り、二人はピタリと止まった。
「………チッ。いいとこだったのによ」
『ハレルヤ、もういいだろ!?早く戻って……』
「却下。そしたらお前が痛いことになるだろ」
アレルヤとハレルヤがこういう会話をしている傍で、ヨハンとミハエルも話をしていた。
「どうしてこんなことをしたんだ」
「だって兄貴、ハレルヤが……」
「挑発でもされたのか?だが、乗ったお前も悪い」
「兄貴ーっ」
聞きながらアレルヤは苦笑した。
『力関係が分かりやすいっていうか……』
「確かにそーだな……あ、そうそう。テメェにも言っとかないとな」
ハレルヤはすっと、視線をヨハンの方に向けた。
「テメェはまだそっちのよりはましだが、できるだけアレルヤに近づくな。以上」
「どうしてか、訊かせてもらってもいいかな?」
「あの眼鏡みたいに怒らすと面倒そうだが、そっちのよりは物わかりが良さそうだ」
「だから『できるだけ』とハードルが低いわけか」
「そういうこと。じゃ、俺は部屋に戻るわ」
ヒラヒラと手を振り、ハレルヤが歩き出す。
「ちょ、まてよ!」
「お生憎様。俺はテメェの言うことは聞かねーの」
引き留めようとするミハエルを尻目に、ハレルヤは角を曲がった。
もう、二人は見えなくなった。
『ねぇ、ふと思ったんだけど……あの二人がいるってことは、ネーナもいるのかな?』
部屋の前まできて、アレルヤは呟いた。
トリニティ三兄弟は、三人で一組だ。一人だけがここにいるなら分からないが、二人もいたわけだから当然三人目もいるのではないだろうか。
「さーな。ま、もう部屋入るし、来てても会わねーだろ」
『それもそうだね』
笑いあいながらロックを解除し、ドアを開ける。
するとそこには、
「あ、アレルヤ……じゃないのね。ってことは、ハレルヤ?」
話の中心にいた少女の姿があった。
思わずだろう。ハレルヤはドアを閉じた。
一度、深呼吸。
それから再びロックを解除し、開いた。
「ちょっと!何で閉じちゃうの!?」
また、閉じた。
それからしっかりとロックをかけて、さらに、解除のためのパスワードも変更した。それも一回でなく二回、三回……と。
『ハレルヤ……これじゃあネーナが出てこられないんじゃ……』
「知るか!医務室行くぞ、アレルヤ!」
早足で、ハレルヤは部屋から離れていく。
『ねぇ、そんなにトリニティの皆が嫌いなの?』
「嫌いだね。苦手なのもいるけどな」
『どうして?』
「気に入らない。それだけだ」
単純にして明快な答えだった。
納得しつつ、それでもアレルヤは首をかしげた。
『そんなに彼らを嫌いになるようなことって、何かあったっけ?』
「ねーよ。ただ単に気持ちの問題だろ」
『そんな理由で嫌ったら、彼らがかわいそうだよ……』
「俺に嫌われても気にしないと思うぜ?お前だったら話は別かもしれねーけど」
『?それってどういう……』
「自分で考えろ、鈍感」
そうハレルヤは言って、結局教えてくれなかった。
「やっぱさぁ、ハレルヤを何とかしないとダメだよな」
「そーよねー。私なんて、姿を見られた瞬間ドアを閉じられちゃったもん。せっかくロックを解除して待ってたのにぃ!」
「帰る間にでも対策を考えてみるか」
トリニティは好きではないですが、嫌いでもないんです。
だから、これからも少しずつ書いていけたらいいと思います。