11．髪を結んで
自分は比較的暑さという物に免疫があると、刹那は思っていた。
南国の人々に比べるとやはり自分の方が暑さに弱いのだろうが、けれども、少なくともこのトレミーの中においては自分は暑さに強い方だろう。
故に『比較的』。
だいたい、艦の中には自分の様に地上でずっと暮らしていたわけではなく、コロニーや宇宙船など気温の調節が正しく行われる場所に住んでいたメンバーだって、確かに存在しているのである。そんな彼らにとってはきっと、高い温度と言うのは道の敵であり天敵でしかないのだと思う。
現にティエリアなんかはあまり外に出たがらないし。
つらつらとそんな事を思いながら角を曲がり、食堂へと足を踏み入れる。
「あ、刹那」
「……」
そこは良く分からない空間になっていた。
まず……ライル、アレルヤ、ティエリア、フェルト、ミレイナ、マリー、アニューがいるのは良い。ここは食堂なのだから、たとえ何人集っていようとそれがこの艦のクルーならば、何ら問題は無い。
だが、ライルが頭にリボンをたくさんつけて倒れていて、アレルヤは半泣きで、ティエリアは少し魂が抜けているような状況なら話は別だろう。
……何がどうなってこうなったのかは知らないが、これはすぐに逃げ去るべきだ。
そう判断して、刹那は助かりそうにも無い三人を見捨てて逃亡を図る事にした。
が。
「丁度良かった。イアンさんが、刹那に渡して欲しいデータがあるって言ってて、もしかしたら会うかもしれないって言って預かってたから……」
「……待て」
笑みを浮かべてこちらへ近づいてこようとするフェルトを制止して、刹那はいつも以上に固い声で言葉を繋ぐ。
「それは後で……イアンから直接もらう。だから、今は良い」
「でも、ガンダムに関するデータなんだけど……」
「……っ」
その言葉に、揺らぐ。
ガンダムのデータ、しかもイアンからの物となると……だいぶ重要な物か、あるいは前々から欲しがっていた様な物か。どっちにしたって刹那にとっては大切な物でしかないので、どっちだったら受け取らない、という選択は無い。
だが今は、現状が現状だ。
先ほどからアレルヤの訴えるような視線がチクチクと心を指しているのだが、その痛みは無い物として意識の外に追いやり、刹那はとにかく思考を続ける。
ガンダムのデータは欲しい。何が何でも。けれども行ったら絶対にライルやアレルヤやティエリアの様に髪を遊ばれて、最終的にライルと同じような格好になってしまう気がする。逆に、彼女らの中の誰かが来てもそれは同じだ。ずるずると、いつもの彼女らの様子からでは全く想像できないほどに力強く引きずられて行くに違いない。
では、一体どうしたら彼女らに近寄らず、なおかつデータを手に入れる事が出来るのか。
今の刹那の頭の中には、果たしてそれをどのように成すべきかと言う、ただそれだけの内容しか詰まっていなかった。
「セイエイさん、どうすするんですかー？」
「ミレイナ……あと少し待て」
「でもですね、セイエイさん、もうミレイナたちは準備万端なんですぅ」
「……それも待て」
「待て待て待てと……我儘ですぅ」
「…………絶対に違う」
櫛とリボンを持って言葉通りに準備万端なミレイナに冷や汗を流しつつ、刹那はひたすらに思考を続けた。
どうすれば近寄らずになおかつデータを得る事が出来るだろうか。いや、一番良いのはこの場を離れてイアンの所に行くという選択肢なのだろうが、今ここにそれが存在していると知ってしまってはもう……どうしようもない。
一体、どうしたら……。
と、刹那の頭の中に電流が走った。
「……フェルト、通信だ」
「え？」
「通信でデータを送ってくれ」
「あ……うん。……分かった」
酷く残念そうに頷くフェルトに安堵しながら、刹那は通信端末を取りだす。
正直なところ、彼女が素直に従ってくれるかどうかが一番の問題だった。しかし、そんな関所も無事に通過する事が出来た。
はぁ、と身体の中に満ちた安心を外へ吐き出すと、ふと。
未だ半泣きで助けを請う様な視線をこちらに向けるアレルヤに改めて気がついて。
……申し訳ないが、本当に申し訳ないが、今回は許してもらおうと思った。
暑いよねとか話してたらじゃあ髪結ぼうという事になって、こうなっちゃったマイスターの話でした。
多分、トレミーの冷暖房設備が壊れて暑くなってるんだと。
