17.神様に
それを見つけたのは、アレルヤだった。
「あ、」
「…どうした?」
「あれ、ほら」
彼が指さした方向に視線を向けて、気付かれない程度に小さく眉を寄せた。
それは、教会だった。
といっても、教会と呼んで相応しいかは分からない。寂れ、十字架は崩れかけ、屋根もボロボロで、門などと呼ばれる物は地に落ちている。周りの壁も触れれば壊れそうなくらいに痛んでいる。
捨てられた場所。
その言葉がピッタリだと思った。
しかし、こんな時代にこんな場所が残っているのは珍しい。基本的に、必要ない建物はあっという間に無くなってしまうとばかり思っていたのだが。ここは別に貧しい国でも何でもない、普通の国なのだ。こんな場所を壊すための金くらいはあるだろう、間違いなく。
あったとして……それでも壊すのを躊躇ったのか。
この土地が使えないから金が勿体ないと思ったのか、あるいは。
神に、遠慮でもしたのか。
前者だったら構わないが、後者だったら何とバカバカしい事か。
そんな思いを抱きながらも無言で教会を見ていると、同じように教会を眺めていたアレルヤが、入ろうか、などとポツリと零した。
思わず彼を見上げると、思いがけず穏やかな表情を見ることが出来た。
何となく、驚く。
「…アレルヤは、神でも信じているのか」
「神様?うぅん。突然どうしたの?」
「いや…どこか、」
あの穏やかな表情は。
「…大切な物でも見るような表情をしていた」
「そう?そう…あぁ、そうかもしれないね」
教会にはあまり思い入れはないんだけど。そう前置きながら、アレルヤは教会へと向かって歩み始めた。付いていくことに異存はなかったから、刹那も彼の後を追う。
門があったであろう場所を越え、軋むドアを押す。
「もっとも、大切なのは教会ではないけれど」
「では、何が大切なんだ?」
「この場所が、思い出させる事が大切なんだ」
ギィ、と音を立てて、ドアが開く。
開かれ、外界と繋がった教会の内部。そこは……別世界だった。
外と同じように中も寂れている。しかも屋根に穴でも開いているのか、上から光まで差してくる始末だった。おいてある椅子も無造作に倒され、机の上にはほこりが溜まっている。聖書の類も探せば見つかるかもしれないが、あまり探そうとは思えなかった。そもそも、この場所に触れることすら許されないと思った。
一つの世界が、完成している。
誰も踏み込まない。代わりに、何も変わらない。
無限のループではなく、永遠の停滞。
それが、ここにあったのだ。
……もしもこの風景を消すことを本能的に忌避したが故にこの場所を置いているのなら、刹那は、それなら納得できると思った。同時に、ここなら神が降り立ってもさほど不思議ではないと思い、首を振る。
神が降り立つことなど無い。
神はいないのだ。
そう、とても小さいときに知った。戦場を駆けながら知った。親を殺してしまったときから識っていた。神はいない。いるのならどうして世界はこうも不完全なのだ。この場所のような完全な停滞もなく、夢のような無限のループもなく。ただただ不完全で、永久に続かんばかりに見せられているループの、その綻びは少しずつ大きくなっていく。
こんな世界に神などいるわけがない。
「もしかしたら、神様はいるのかもしれないね」
だが、アレルヤは刹那と全く逆のことを口にする。
気に入らない。神を肯定する名の下で、神の存在を肯定するという事実。それはそのまま神の実在に繋がりそうで、そんなことがあったら耐えられないと思う。
「…いない。神なんて、いない」
「うん。確かにいないね」
「……いる、と言っただろう」
「いる、というか…うん、いた、のかもと思っただけ」
だから神はいて、いない。そういうことなのか。
だとしたら自分たちは、神に捨てられたのかもしれない。不完全であったが故に。いつか必ず滅びる不完全品であったが故に。
それも、有り得るかもしれない。何となく思った。
「…刹那、そろそろ帰ろうか」
その言葉と差し出された手を、刹那は躊躇わずに取った。
刹那とアレルヤには共通点がいくつもあるんじゃないかと思う。小さい頃に、大人の都合に振り回されてしまったこと、戦うしかない存在であること、等々。たくさんあるような気がする。