19.デジタル時計
遅起き早寝の繰り返しを注意したら、朝、起きられないと言ったのは彼女だ。
あれだけ爆睡していて良くもまぁそんな事がいえた物だと思う。思ったが、どこぞの眼鏡イノベイターが行う遅起き遅寝よりはマシだと思って、それを口にする事だけはどうにか耐えた。言ったらそんな事実を突いて「じゃあアイツにも言いなさいよ。アイツが生活態度直したら私も直すからさ」とか言い出すにきまっていて、それを防ぐために仕方なく、だ。どれほどまでに無理難題かを分かってなおかつ自分にそれをふっかけてくるのだから全く、性質の悪い話である。
ともかく。
そんな経緯から、リヴァイヴはヒリングに時計を与えた。わざわざ地上に訪れてまで買った、目覚まし時計である。ただしそこは2100年代、古風な時針と分針と秒針で成ったアナログ時計ではなく、しっかりとデジタル時計だ。
死者が目覚めるという比喩まで用いられるほどの大音量に、それを止めるためのボタンが分散して、三つ。しかも思い切り手を振りおろそうと壁に勢いよく投げつけようとヒビ一つ入らないと言う頑丈さまで兼ね備え、どんな衝撃にも対抗できると言う。そして一番大切な時刻の正確さも、電波時計であると言う事でカバーしている。それはまさに、目覚まし時計になるべくして生まれた時計だった。
人間もたまには良い物を作る。そう思いながらホクホク顔でそれを購入し、これで明日からは生意気な小娘を叩き起こしに行かずに済むと、そう安堵した、はずだったのだが。
「……何でこうなるんですかね」
目覚まし時計用に防音設備もばっちりに改装した部屋の中、開封一日目でありながら無残な姿をさらす事になった時計を見下ろして、ため息を吐く。
時計の傍らには一つのベッドがある。どんな寝相をしているのか、掛け布団は既にベッドの上の住人の右足しか覆っていない。殆ど床に落ちたそれを抱え上げながら、リヴァイヴは未だ眠り続けている問題児を見やった。
一体どうやったのかは知らない。けれども、目覚まし時計に降りかかった惨劇はすべて彼女のせいだと考えるべきだろう。衝撃に対する耐性は自分の方でも調べて確証を持っていたのだが、何だろう、もしかしたら過大評価だったのだろうか。
それともこれがイノベイターの真の力なのかと、呆れるべきか称賛するべきかと考え込んでいる間に、背後から耳に届く二つの声があった。
「ねぇねぇ、今何時だと思ってんのー?あまりの煩さに起きちゃったじゃないか」
「……リヴァイヴ、何があったの?」
それはリジェネとアニューの声。
振り返ってみればドアがあったはずの場所から顔を出しているのは、声から予測した通りの顔だった。片方は眠そうに目を擦り眼鏡を頭の上に乗せ、片方は不思議そうに心配そうにこちらの様子を窺っている。
「何でもありませんよ。朝寝坊が日課なお気楽小娘を起こしに来ただけです」
「起こすだけでどうしてドアが爆発するのかしら……」
「まぁ、バズーカ砲、引っ張り出しましたから。思わず」
「思わず……?」
「ねぇねぇねぇねぇ、そんな事より僕を起こした責任は取ってくれるの?」
物言いたげなアニューの傍で駄々をこねるようにリジェネがわめくと言うには大人しげに、いちゃもんを付けていると言うのが一番しっくりくるような様子で口を開いた。目はほんのりと半眼に近く、随分と不機嫌であることが分かった。
けれども当たり前だがこちらに彼を相手にする義務など無い。
彼の言葉を全て無い物として扱う事にして、リヴァイヴは改めてヒリングに向き直った。
目覚ましが通用しないのは分かった。バズーカ砲による爆発音でも目が覚めない事も理解した。そういえばリボンズ達も起きたのだろうかとふっと疑問に思ったが、こちらに来ないと言う事は起きていても特に問題視しているわけではないということだろうと、気にしない事にする。
目下問題となるのはこちら。のんきに涎まで垂らして寝ている夢の住人の方だ。
自分に迷惑をかけておきながら幸せそうな顔をしている彼女を見ると、腹の底に熱い何かが溜まって行くような気がする。そんな感覚も毎日の事なので、怒りと表現されるその感情を吐きだす方法も心得ていた。
即ち、蹴る。
力一杯、溜まった感情を全て消費せんと振り抜かれた足は、吸い込まれるようにヒリングの身体に命中した。それを食らった彼女はほんの少し上に飛んで、ベッドの下へと鈍い音と共に墜落した。
息を呑む音が後ろ側から聞こえたけれども、敢えて何のリアクションも取らなかった。アニューはやり過ぎだとでも思っているのだろうが、そんな考えでは甘い。そんな考えを引きずっていては、いつまでたってもヒリングは目を覚まさないのだから。それに、そんな事は説明する必要もなくすぐに分かる。
そして、毎朝の様に彼女は目を覚ます。
がっ、と勢いよく上半身を起こした彼女はベッドに手をつき肘をつき、ケンカ腰と言っても過言では無い程に柄悪くこちらを睨みつけた。
「……いったいなーッ!毎朝毎朝何人の事蹴りあげてんのよこの鬼!起こすんだったら優しーく肩を揺さぶってみるくらいの努力してみなさいよ!」
「アニュー、分かりましたか?彼女にはこの程度でちょうどいいんですよ」
顔だけ後ろに向けて言うと、アニューは唖然とした表情ながらもこくりと頷いた。おそらくヒリングがあまりにダメージを受けていないように見えるから驚愕しているのだろう。
実際、ダメージなんて人う設けていないのだろう彼女はそのまま立ち上がり、ベッドを飛び越えてこちらにつかつかと詰め寄ってきた。
「アンタさぁ、もう少し思いやりのの心とか持ったらどーなわけ?」
「生憎ですが、貴方にあげる思いやりなんてありませんよ。というか、貴方が目覚ましを使っても起きてこないのがそもそもの問題でしょう」
「知んないわよあんな物!一回壁に投げつけたらすぐに壊れちゃって、それでよくもまぁ商品として売り出せるもんだと思うわ本当!」
「……そうですか」
じゃあやっぱりイノベイターの真の力の前に時計など無力であると言う事なのか。
ならば今度は一体どんな策を用いれば良いのだろうかと、リヴァイヴは、ほんの少しだけ憂鬱な気分になった。
~その頃の背後~
「ところでバズーカ砲って、廊下に転がってるコレの事?」
「だと思うけれど……どこにあったんだろ」
「倉庫とか?」
「あったっけ、そんな場所」
「じゃあ通販じゃない?便利だよ、あれ」
「通販で買える物なのかな……」
「通販なめちゃいけないよ。ところで、」
「何?」
「僕の眼鏡知らない?」
「……頭の上に手、乗せてみて?」
多分、作戦が色々始まる前のお話。アロウズなんて入ってません。
この人たち四人がそろってワイワイ出来る時間なんてなかったんじゃ、とかふっと考えてみるのはNG。
仲良しだったらそれでいいんですよ。