「ねぇ、シズちゃん、人殺してきてよ」
「じゃあ手前が死ね」
「俺じゃなくて別の人。何なら新羅でも良いから」
「臨也、その言葉は聞き捨てならないんだけれど。今度から手当てしてあげないよ?」
「……なら、ドタチン?」
「何でそうなる……」
「というか、」
門田の嘆息を横目に見ながら、新羅はことんと机の上に水筒のコップを置いた。
今は昼休み。弁当だったり勾配のパンだったりを食べ、友達と他愛のない会話をするような時間である。そしてまた、人を殺す、なんて物騒な話題がとてつもなく似合わない時間帯でもあった。ちなみに付け加えると、自分たちがいる場所も物騒な話題が似合わない場所である。何せここは何の重みも無い台詞が一番飛び交う場所……教室なのだから。
しかしまぁ、そうだとしても臨也には関係ないだろう。もちろん自分にも。静雄はキレやすいから気にする暇も無い様だし。門田は、ちょっと気にしているようだけど。
高校に通う普通の高校生が、何気なく思いついたどうでも良い話と同列でこんな事を簡単に、そのくせ本気で言う事が出来ると言うのもある意味凄い事なのだろうか。そんな事を思いながら、頬杖を吐く。
「何でそう身近で済まそうとするの?赤の他人じゃダメなわけ?」
「ツッコミ入れる場所が違わねぇか?」
「いや、間違って無いよ。だって相手は臨也なんだから、止めたって無駄だし」
静雄の問いに首を振って応じ、臨也の方を改めて向く。
「そもそも、何で静雄に人殺して欲しいの?」
「だってさ、相手はシズちゃんだよ?国家権力頼りにして、数と質を合わせてぶつけた方が良いんじゃないかなぁって思ったって不思議じゃないよね」
「あぁ、自分じゃ手に負えない気がして来たから他人に頼るってことか」
「……何でそんな言い方するのかな」
「あれ?間違ってる?」
「いや……本当の事だけど」
顔を引きつらせながら、臨也はそう呻いた。一応、自分が言った事が本当であると言う自覚はあるらしい。あってその上で実行できたらと考えている所、自覚なしより面倒だと思う。もっとも、害はこちらには降り注がないので放っておくが。
というか。
彼の場合、コネと情報と行動力で、本当に静雄が人を殺すように仕向けるくらいならやりかねない気もする。今は口にするだけで、自分から何かアクションを起こそうと言う気は無いようだけれども。
友人が殺人犯になるなんて、それはとても遠慮したい事態である。
もしも『その時』が来たらどうしたら良いだろうかと思案する新羅をよそに、臨也と静雄と門田の会話が開始された。
「で、身近な奴を狙わせたい理由は何だ?……どうせ、その方が精神的にダメージが来るとかいう理由なんだろうが」
「ピンポーン。大正解。さっすがドタチンだねぇ。あ、そういうわけだしターゲットは友人とかじゃなくても良いんだよ?弟君とかでももちろん可」
「だから、その前に手前殺すっつってんだろうが!」
「あはは、怒らない怒らない。単なる世間話でキレてどうするの?」
「世間話か……?」
「世間話だよ。それすら出来ないなんて、シズちゃん大丈夫?俺、心配だよ?嘘だけど」
「うぜぇんだよ!今日こそ死ね臨也ァァァァァァァァァァッ!」
本日自分が知る限りで初めての激昂を見せた静雄が、教科書が詰まった机を軽々と持ち上げたのを視認する頃。
新羅は素早く臨也と静雄の両名から十分な距離のある、けれども彼らの様子が見えなくなる事は無いような場所に退避した。完全に逃げない理由は一つ。こんな面白い物を見逃す手なんてどこにもないから。
そんな自分とは別の理由から二人の姿が見えないような場所へ向かわないらしい門田の方を見て、再び二人の方を向く。
「今日は五時間目が始まる前までに終われば良いね」
「そこまでは望まねぇぞ。六時間が始まる前までに終われば良いとは思うが」
「それも望み過ぎだと思うけど?」
「思うくらいなら許されるだろ」
「それもそうだね」
どこか疲れた表情を見せる、真横にいる門田に頷きを返す頃。
臨也は割れた窓…ではなくて、割れた窓が外れ落ちた空間からひょい、と外に飛び降り。
それを追うように静雄も教室外に消え。
新羅と門田の視界には、机が半分くらい消えてしまっている教室が映った。
「ね、これで五時間目と六時間目、出来ると思う?両方、教室での授業なんだけど」
「……無理だろうな」
教室内を指さし尋ねてみると、重たくもどこか諦めが籠ったため息が返ってきた。
しかし臨也のおちょくりのセリフが難しい。どうしましょう。修行しようかな。