15.(笑)
お前は誰よりも賢い子だと母は言った。
お前は誰よりも強い子だと父は言った。
表面しか見ることなく、心の底まで見る事をせず、愚かなことに自分が作り上げた虚像を手にとって、それを疑うことさえせずに。
愚かな人間だったのだと、崩れ落ち倒れ伏して血の池を作り出す二つの物体を見て思う。
愚かだ。人は器となる体だけで出来ているのではない。中には心という、実に不可解で同時に確かに存在している曖昧な存在が存在しているのだ。器で覆われた心は外には見えず、それは見通すことが出来る者にしか分からない感情。
それを見通す努力さえせずに、ただただ上辺だけで満足した両親。
その時点で、彼らの運命は決まっていたのだ。
自分が、二人に好意的な笑みを浮かべている下で、冷たい冷笑を贈っていたことに気付かなかったその時に、二人はこうして屍となる運命だった。分かっていれば、どうにか対応だって出来ただろうに。大人二人と子供一人。たとえこちらの方が人を傷つける技能に長けていたとしても、女が一人含まれているとはいえ、大人二人にかなうわけなどないではないか。
彼らは、生き残るためのチャンスを自ら逃した。
そんな相手に情けなど無用だった。
そもそも、自分には情けという感情はないのではないだろうか。自分で言うのもおかしな話だが、どうやら自分は相当『いかれ』ているらしい。両親を見て、笑っているような子供なのだから。その上でまだ、身の内に隠していた笑みを出すこともしないのだ。
警戒しているのだと、分かる。
何を警戒してるのかは知らない。もしかしたら犯人だとばれることを恐れているのか?直ぐに捕まって知らない施設に連れて行かれるのが怖いのか?単なる被害者の一員として、偽善の笑みを浮かべる誰かに預けられるのを忌避しているのか?
違う、と分かった。考えるまでもない。
警戒しているのは、ただ一つ。
自分が、犯人であると気付かれないことだ。
最高にいかれている。狂気だったナイフを血の海に落として肩をすくめた。池は流れ続ける血のせいで、海というには小さすぎる水たまりを作っていた。
……自分は、戦いを求めている。この二人はそれの障害になるから消した。この二人にとって自分はどうやら自慢の息子だったらしいから。そんな考えを持って、エリートとしてどこかに行かせてやろうという親心。
全く、何て迷惑だ。
良かれと思ってされるから尚更悪い。
そんなの、全然良いわけがない。
けれど、そんなことを言ったところで納得されるわけでもない。だから何も言わず、猫を被り、見た目だけ行動だけは優等生の子供、ただし中身には冷笑を浮かべる本心を隠す、この『自分』という殻を作り出した。
それも、もう終わりだが。
終わらせたのだから、この手で。
肉を割き、骨を断ち、踏みつぶして殴りつけて。衝動のままに、ただ、ただ。
初めての殺しとしては多分、良い方ではないだろうか。標的もさることながら、やりくちも実に素晴らしい。殺すことを楽しんでいる。
もっとも、自分が楽しみたいのはそちらではないのだが。
楽しみたいのは、戦いだ。
ゲームで『戦い』、優劣を競う同年代を見て思うのは呆れだった。それでも、何となく戦いたいと思った。戦って戦って、勝っていきたいと思った……いや、違う。戦って戦って、戦い続けたいと思ったのだ。
これではまるで戦闘中毒者だ。
まだ、戦闘なんて呼べる物を行った試しもないのに。
それでもそれが事実なのだから仕方がなかった。事実を事実以外と決めつけるのは愚か者がすることだ。生憎と、自分はそこまで愚かになる気はない。慈愛を捨て去る愚か者にはなる予定だが。
さて、これからどうするか。警察が来るのが思ったより遅い。手際よくやりすぎてしまったから、悲鳴なんて上げさせていない。よく考えたら、これで警察に来てもらおうなんて馬鹿げている。付け加えて、だからといって自分で通報するのも阿呆らしい。
考えた末、とりあえずここからおさらばすることにした。
問題はない。一番最初にやり合う相手が警察ではなくなったというだけだ。別の、もっと楽しい相手を探して行けばいい。
まだまだ、先は長いのだ。
暗闇の小道には、まだ足を踏み入れたばかりなのだから。
最後に両親と呼んでいた物体に、心の底から、心の奥底に押し込めていた笑みを贈って、その後は振り返ることなく歩き出した。
ここは、もう用済みだった。
アリーさん過去のつもり。
凄い捏造だろうなぁ…でも、こういうのしか思いつかない…あるいは、親も戦闘中毒、とかくらいしかね。