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363


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 刹那は忌ま忌ましさを逃がすために盛大に舌を打ち、右拳で民家の壁を殴りつけた。
 そのままズルズルと壁に寄りかかるように崩れ、その拍子に、左腕で支えていた動けないダブルオーの体が地に落ちる。

 彼女の体を拾い上げることさえ億劫に思え、刹那はただ気怠く息を吐いた。
 その拍子に右肩が痛み、思わず顔をしかめる。

 …事は、突然始まって突然終わった。
 今、自分たちは満身創痍で、再会した知人とその仲間は、連れ去られた。

 そして。
 刹那は、ダブルオー共々、追われているのだ。

 壁にもたれ、他の場所と比べるとあまり傷ついていない左腕で、気を失っているダブルオーの体を引き寄せる。

 本当に、しくじった。もっと早くに気付いていれば対応のしようもあっただろうに、そのチャンスすら自分は掴むことが出来ずに。ダブルオーも気付かなかったらしい近づくその音に、気付けたのがただ一人だけだったのは致命傷だったのだろう。

 お陰で、この有様だ。
 ティエリア辺りには本当に見せられないなと、自身を見下ろして思う。呆れた顔で見られて、君はそんなに弱かったのか?と本気で問いかけられそうだ。

 そんな事態など遠慮させてもらう。
 もちろん全力で、だ。付け加えるとハレルヤにも。

「…う」
「…ダブルオー?」

 そんなとりとめもない思考に没頭していた刹那は、ふいにうめき声を聞いてダブルオーへと視線を向けた。今、そのうめきは彼女から聞こえた気がする。

 案の定、それは正しかったらしく、彼女はしばらく苦しげに唸っていたが、やがて、うっすらと目を開いた。
 それからキョロキョロと辺りを見渡し、あぁ、と息を吐く。

「私……」
「負けた。突然の襲撃だったからな…仕方がない」
「…そう」
「気には病むな」
「…」

 沈黙を返す彼女へと、気にしないことは無理なのかと、それも納得できるけれどと、そんな思いを込めて手を伸ばして頭を撫でた。彼女が人形である以上は作り物であるはずの髪の毛は、妙に手触りが良かった。まるで生きているかのよう…いや。

 違う。彼女らは、人形であろうと生きているのだ。
 人形であろうと、一つの人格を持つ存在として関わるべきなのだ。
 今までと、同じように。

 目を閉じて思い、目を開いたときには丁度、彼女と目と目を合わせるような状態になっていた。

「次は、勝つぞ」
「分かってる」

 力強く頷く彼女に笑んで、再び目を閉じる。
 何だか、非常に眠いのだ。眠くて眠くて仕方がない。血が、流れ続けているからだろうか。ほんの少し寒い気もした。

 見ればダブルオーも何だか眠たげだった。彼女も、非常に疲れているようだから眠りたいのだろう、きっと。

 ここで眠るのは危険だろうと思いながら、それでも、睡眠への欲求にはあらがいがたい物があり、刹那は、ついには意識を手放した。今寝たら嫌な夢でも見そうな気がしたけれど、それを気にはせず。

 最後に聞こえた足音さえ、気にはせずに。

 

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