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「『クソ……ッ……まさか、アイツにやられるなんて…っ」』
誰も来そうにない路地裏で、ミハエル……否、彼の体の支配権を奪った『ソレ』が、忌々しげに表情を歪ませ、石の壁に力なくもたれかかっていた。
何ということだろう。アイツは紛うことなく人間で、こちらに勝てるハズなど無いのだ。身体能力がそもそも違うし、自分は他の異端よりも特殊だ。ただでさえ丈夫な異端の体をほんの少し強化することくらい朝飯前。たとえそれが、借り物の体だろうと関係は全くない。むしろそちらの方が後遺症を黄にする必要がない分、楽だとさえ言えるくらいだ。他人など…どうでもいい。
自分にとって大切なのは、あのヒトを悪夢の中に引きずり戻す……つまり、思い出させることだけだ。罪を、罰を、業を、全てを。
別に、今だって忘れているわけではないのだろう。忘れたくても忘れることはできないだろうから。けれども、ソレがあったということが、実感として無い。
それがどうしても、自分には許せないのだ。良くものうのうと…と嘲り、どうして遠ざけるのだろう…と悲しんで。だからこそ、こうして行動を続けている。
その先で、あのヒトが壊れてしまったとしても仕方がない。
どうしようもないこととして、諦めよう。
そう考えていると……先ほどのアイツのせいだろうか。体の主の意識が目覚め始めたようだ。何となく、それを感じた。
彼は、どうやら怒っているようだった。
「テメェ……俺の体で何し……っ」
『うるさいよ…っ。単なる宿主なくせに……』
「宿主だ……から言って、んだ…ろ!?いい加減…俺から出て……」
『うるさいッ!』
叫んで、彼の意識をより深く沈める。深い深い場所へと沈めて、幽閉して、小箱に入れて、鎖を巻いて、鍵を掛けた。
これで、しばらくは出てこれないはずだ。
ずるりと崩れ落ちて、体をかき抱く。
「『うるさいうるさいうるさいうるさい……僕に口答えするなよ、単なる異端のくせに!単なる人間のくせに!単なる生き物のくせに!ナマイキなんだよ全員……っ…いっそのこと……」』
はた、と思いついて。
ミハエルの顔で、自分の笑みを浮かべて呟いた。
「『そうだよ……全員、殺せば良いんだ。あのヒト以外、全員。そうしたら絶対に……僕は起こされるんだ……抑え、きれなくなるからね…」』
元々は、自分はあのヒトの一部だった。それは、自分が一番よく知っている。心に、つながりを感じるからだ。どんなに細くなろうと、永遠に繋がっているそれは、鉄の紐だなんて言葉では表しきれないほど堅い。
だから、元々は自分もあのヒトのようだったのかもしれない。
けれども、伝わってくる情報は全て自分の『特性』からだろうか……歪んでいて。
いつの間にか心は、元々、とは全く違う物になっていた。