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そこは廊下だった。
見れば、両側の壁には等間隔に扉が付いている。似ているようで、どこか違う……そんな扉たちが何なのか、『この場所』についての知識がある以上、考えることもなく容易に理解できた。全ての扉は、それぞれが違う地点に繋がっている。
『……ようやく、会えたね』
つい、と顔を上げると、そこには古風な服の黒い長髪の子供がいた。とても嬉しそうに、ニコリと無邪気に微笑んで。
それを認め、溜息を吐く。
「会ってたでしょう?…さっきとか」
『あの時はダメ。まだ目が開いて無くて、僕を見ようとしてなかった。目の前にあっても、貴方は僕を見ようとはしていなかった。違う?』
「……違わない、な」
降参、とばかりに肩をすくめると、何が面白かったのか子供はさらに笑う。
普通の子供が笑っているのなら可愛げでも感じたのだろうか……そう思ったが、どうしようもない。それを感じないのは彼の性格故でなく、彼の性質故であり、それは手の加えようもないことなのだから。
『けど……どうしたの?僕は無理矢理貴方をここに引きずり込んだ。けれど、貴方は抵抗だって出来たはず。いくら僕が不意を打ってても。だって貴方は…』
「腹を括ったんだよ。いや、括るしかなかったと言うべきか……どちらにしろ、決めてしまったからね。というか、ここまで事態が進んで尚、僕は目を逸らし続けることが出来なかったと、そういうことなんだよ」
彼を放置さえしていなければ、もう少し事態は楽な方に進んでいたかも知れない。だから、それが悔やまれたのだ。もっと早くに覚悟を決めていれば、と。
所詮、それは過去のことであり、あった事実を『書き換え』るには多大な代償が必要ではあるが……『今』ならば、変え様はある。そして、今はまだ定められていない未来のことも同様に。
それに……と、心の内で付け加える。
彼の暴走は、置き去りにしてしまった自分の責任だ。いくらそうするしかなかったとはいえ、引き離すべきではなかった。元々いた場所から遠く離れるというのが、どれほど心細いか知っていたはずなのに……。
だからこそ、目を開くことにした。事態も一段落……今、ついたようだし。
敵は健在、それをしっかりと覚えながら、ポンと彼の頭に手を乗せる。
「今まで……ゴメンね」
『……謝ってくれるんだ…』
「許してくれない、よね」
『ちゃんと……向かい合うなら。それなら許してあげる』
「本当に?今度は嘘を吐かない?」
『本当。今度は嘘じゃないよ。あぁ……けど』
子供は顔を上げた。頭から手が離れない様に、しっかりと手首を捕まえながら、真剣な光を瞳に宿して。
『変な物が入ってきてる。世界が内包している歪みが…干渉してくるよ。貴方は…ううん、貴方もまた、世界と深く関わっているから、世界の様子が貴方に影響を与える』
「なら急がないと…ハレルヤとロックオンも、中に入っちゃったでしょう?」
『あの時は必死で、ただ悪夢に取り込もうと思って。まさか貴方がここまで簡単に向かい合うって言ってくれるとは思わなかったんだよ。仕方がないでしょう?』
「うん。……強情だった僕にも責任はあるね…」
それなら、まずは二人の回収に行くべきだろう。
思いながら屈み、子供をギュッと抱きしめる。
「引き離してしまって……本当にゴメン。帰って良いよ」
『…分かったよ。ありがとう…そして、ただいま』
「お帰り、僕の一欠片。幼い頃に離れるしかなかった、僕の狂気……暗い暗い、僕の心」
そうして、子供はすぅっと透け、この体の中へと戻っていった。