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今回はニールさんの話。テロが起こった、数日か数ヶ月か…とにかく、それほど時間が経ってない時の話。
背景は自由に想像してください。
08.退屈なオフ
何もすることがないというのは、実に退屈だ。
街中を歩きながら、ニールは思う。
退屈であると言うことはつまり、いらないことまで次々と思いだしてしまうと言うことであり、それは自分にとっては全くありがたくない。思い出してしまうことを……家族を失ったことを忘れたいとは思わないが、もう少し……冷静になる時間が欲しい。冷静になってじっくりと考えて、そういう時間が欲しい。
その後であれ今であれ、結論という物は変わらないだろうが。
確実に心中にある思いは『テロが憎い』という、ただそれだけ。それ以外は酷く曖昧で、今の自分はその思いによって支えられていると言っても、過言ではない。
自分でも歪んでいるとは思う。怒りと憎しみを糧に、今を生きるというのは。
けれど、そうするしかなかった。
そうするという路しか……選べなかった。
人はきっと、愚かだと笑うのだろう。もっと良い選択をすれば良かったのに、過去を忘れて平穏な生活を送ればいいのに、忘れられずとも記憶に埋めてしまえば良かったのに……と。それは間違いではない。
しかし、それはあくまで大多数の人間に当てはまる一般論であり、世界中の人間全てに当てはまる物ではない。そして、自分は綺麗に大多数の人間の輪から外れているという、ただそれだけの事なのだ。
この……胸を焼くような怒りが、心をドス黒く染め上げる憎しみが…いつか、自分を殺すのだろうと、何となく予測が付いた。
それを避ける気はない。自分に相応しい成れの果てだ。
問題は、それが何時になるか、である。何年も先なのか、あるいは何日か、はたまた何時間の域なのか、それとも……あと数秒なのか。
分からなかったし、知る気も起きなかった。
いずれ起きることが確定している未来なのだ。どうして恐れることがあるだろう?どうして何時起きるかを知る必要があるのだろう?
いずれ起こる、今はそれだけ知っていればいい。
避ける気があったら避けることが出来るとも。
だが、きっと自分は避けようとしないだろうと。
それさえ、知っていれば今は良い。
それまでは……この、暗くドロドロとした感情と向かい合っていれば。
「おーい、そっちにボール行ったぞーっ」
そんな時のことだった。
ふいに聞こえてきた声に顔を上げれば、そこには何人もの子供の集団。
ボール?と思いながら視線を巡らせれば、サッカーボールが彼らの仲間らしい少年の所へと飛んでいく所だった。
気付いていなかったらしいその少年は、しかし仲間の声で気付くことが出来たらしく、慌てて両手でボールをキャッチしていた。
そうして、楽しそうに全員で笑う。
それを、ニールは眩しい物を見るように眺めた。
何と幸せなことだろう。
何と楽しげなことだろう。
何と……羨ましいことだろう。
ついこの間までは、自分もあの場所にいた。世界にどうしようもない理不尽さがあることも知らず、永遠にあの平和で穏やかな時間が続くと思っていた。それが、どれほどまでに仮初めで、脆い空想かも知らずに。
出来ることなら、あの頃に帰りたい。
帰る事なんて……出来ないけれど。
そこまで思って、自嘲気味に笑う。
「…まだ、戻りたいとか思ってんのか……俺」
そんな資格は無いというのに。
そんな当たり前のことを望む権利は、とうの昔に放棄したはずなのに。
「戻るには、俺はもう……」
呟いて、軽く頭を振る。
もう考えるのは止めよう。折角のオフだというのに、これでは台無しだ。
これからは今日のようなことを避けるために、休日は怠惰に家で過ごそうかと、一瞬思ったニールだった。
普通に生活しているとでも、何か危ない仕事に就いているとでも。
イメージは後者ですが。