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13.痛いんです の続きです。先にあちらを読んでからお願いします。
相も変わらず暗い話です。



14.バイバイ



 この子は狂ってしまったのだろうなと、大切な弟の頭を撫でながら、思う。
 どうして狂ってしまったのだろうと、考えても全く分からないけれど、少なくとも狂っているというその事実が消えることはないだろう。僕にとっては悲しいことに、彼にとってはあるいは幸いなことに。
 もしも狂わずに自分の片割れを手に掛けたのだとしたら、それはとても辛いこと。生まれてからずっと一緒にいたのに、それを何も変わらない正常な状態で刺して殺してしまったなんて。そんなの全く救われないじゃないか。それともこの考えは僕のエゴで、ただそうあって欲しいだけなのだろうか?
 どうであっても、もう一つの事実は変わらないとも思う。
 ただ、一番狂っているのは僕なんだろうという事実は。
 だって有り得ないよ?片割れを殺されて、足の腱を切られて。僕は双子を失って、その上歩くことさえ止められてしまった。まだ幼い弟に僕を背負う事は出来ないし、この家には必要なかったから車椅子なんて物もない。動くのなら這って行くしかないだろうけど、それはずっと動けず体力も何もかもが衰えた僕には大変な事なんだ。下手したら、部屋の入り口まで行って疲れて止まってしまうかも知れない。
 なのにね、そんなことをした弟がね、普通なら憎むところなのにね。
 とても大切だと、そう思い続けているんだ。
 有り得ないでしょう?そんなの、普通は有り得ないでしょう?
 だけど、これは本当なんだ。僕は何度も何度も自分の心に問い返してみたよ。本当に?僕は本当に弟のことが大切なのか?ってね。そうしたらさ、返ってくるのは肯定ばかりなんだ。僕の心は彼が大切だって言っている。
 有り得ない。本当に有り得ないよ。
 ぎう、と背中に回された腕に力が籠もるのに笑いながら、僕は弟の頭を撫で続ける。
 甘えん坊な、大切な弟。大切で大切で、大切な弟。あんなことをされても大切すぎて困ってしまう弟。今日の授業参観に行くことが出来なくて、それは申し訳なかったのだけれど、それも気にしないと言い切った弟。
 今じゃ、生活の全てを彼に頼らないと行えない。歩けないし立てないからね。こればかりはどうしようもないんだ。超能力があったらいいなぁって、そう思い出したのはこの生活を始めてからだよ。あと、歩けることと立てることのありがたさを知ったのも、同じ。当たり前って言うのは、欠けてしまうとかなり不便だ。
 そういえば、この子はどうして捕まらないんだろう。今更だけれど、ちょっと不思議だ。
 けれど、この弟なら何でも出来るから。だから、どうにかしているんだろうなとは分かる。親も片割れもいない、僕は論外で働き手のいないこの家で、株をやって生活費を稼いでいるのは他でもない弟なのだから。頭の良い彼のこと、警察の誰かの弱みを握って後ろから操るなんて事はやりかねない。もちろん匿名で。こんな小学生が相手だと知られれば侮られてしまうからね。それって、この子は嫌いなんじゃなかったかな?
 サラサラする髪の毛の感触を楽しんでいると、ふと、腕の中から寝息が届いた。眠ってしまったらしい。疲れた、のかもしれない。今日は体育があるとか、昨日はブツブツと呟いていたから。よっぽど体を動かすことが苦手なんだろうと、その時は少し笑った。この子は、いつもスポーツでは片割れに勝てなかったし、そういうところでコンプレックスを育んでしまったのかも知れない。だったら、このこの中に片割れはまだ生きていると言うことになる。片割れがいたという事実を、弟は肯定していることになるから。
 僕はどうだろうね?片割れの存在を、僕は自分の中に生かしていられている?答えは、是。僕の中に彼は生きているよ。何よりも近しい存在だった僕ら。鏡のようにそっくりで、だからこそ正反対だった僕らだから。僕が生きている限り彼は死なない。
 あぁ、そう考えたら何も変わらないことになるのか。
 一見すれば僕らは『二人』の生活をしているのだけど、僕らの中に片割れが生き続ける限り、永遠に『三人』の生活は崩れない。
 だったら、と僕は弟とベッドに倒れ込みながら、少し笑う。
 だったら、片割れを殺したかいって無いね。
 そう言ったらこの子はどんな顔をするだろうか?無感動な顔か、あるいは嫌そうな顔か。後者の可能性が高いな。嫌そうな顔をして、今より強く抱きついて言うんだ。そんなことは口にするな、ってね。この子はとても負けず嫌いだから、退場させた相手がまだいるなんて知ったら不機嫌になるよ。
 にしても、どうしよう。弟は僕を放してくれそうにもないし、僕はそもそも歩けないし。このままじゃあ晩ご飯が食べられないかな。お昼ご飯に続いて晩ご飯まで食べられないのは少しキツイのだけども。今日はばたばたしていたから、お昼の用意をここに置くのを忘れたままでこの子は登校してしまったんだ。
 仕方がないな、と僕は晩ご飯を諦めることにした。動いていないからあまりお腹はすいていないし。二食抜いても朝ご飯はちゃんと食べられれば問題ないよ。
 じゃあ、僕もこの子のように眠ってしまおうか。丁度良く抱き枕もあるし。小学生って小さいよね、僕ら高校生と比べたら。いや、そういえば僕はもう高校生じゃないんだっけか。この子が退学届けを出したから。小学生からの書類が、よく受領されたと思うよ。
 ともかく、良い感じに小さい弟は僕に抱きついて離れないから。
 なら、僕もこの子を抱きしめてしまっても構わないよね?
 いつか別れを言わないといけないのかもしれないけど、今は別に、いいよね?





 愛と憎しみは紙一重、ということで。ちょっと違うかも知れないけれど。
ところで、兄からは『好き』という言葉が無いことに気づきましたか?
 

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