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番外編・1
「……やはり危険だと思うわ」
「大丈夫よ。ここは私の国よ?誰が危害を加えてくると言うの?」
「貴方の国だからこそ、貴方が国主だからこそ危険、なのだけど……」
「ラサーに会いに行くだけなのに?」
その、この国に長くいる賢人の住居が王宮からどれ程遠い場所にあるか……皇女…マリナは分かっているのだろうかと、シーリンは溜息を吐いた。騒々しさを好まないあの老人は街の外れに住んでいるというのに。
しかし、分かっていたとしても行くのだろうと、そのくらいは容易に想像できた。賢人たる彼とは長い付き合いで、国主となったマリナはこれからも末永く付き合っていく……最も親しく頼もしい大人、なのだから。そして、それは彼女のお付きの侍女であるシーリンも同様の事だった。
ならばこれ以上は言うまい、と街の様子を見ながら黙って歩く。目深に被っているマリナのフードを、上から抑えながら。
「姫様、くれぐれもフードだけは外さないで下さいな」
「分かっているわ、シーリン。昨日今日即位したばかりの、しかも子供の国主ですもの……狙われたとしても、おかしくない」
「分かっているのなら良いんです」
実権は父王が逝去した一週間前から彼女の物だったが、正式に即位したのは今日。
子供と言うこともあり……政治が出来るのか、教養はどうか、誰かの傀儡にされるのではないかと、幾つもの懸念の声が上がった。だが誰一人として、降ろそうとはという意見を出すものはいなかった……他に、血を継ぐ者がいなかったから。
そんな経緯で…全員が納得しない中で即位したマリナを疎ましく思う者がいても、それは想定の範囲内。無理矢理言うことを聞かせるならば良い方だが、必要ないと言って消そうとする過激な者もいないとは限らないのだ。
だから、落ち着くまでは王宮からでないのがベストなのだが……そんな理由で臆する現国主ではないのだ。むしろ、狙われれば真っ先に姿を現す。無駄な被害を避けるために、全てをその身に引き受けようと。
「……そんな姫様だからこそ…私は仕えようと、思ったのだけど…」
「何か言った?」
「いいえ、たんなる独り言。気にしないで」
慌ててこう言ったものの、そのような答えで彼女が許してくれるはずもなく。
さらにマリナが言葉を紡ごうとしたところで……上から、人が降ってきた。
直ぐ傍の一階建ての民家の、平たい屋上から飛び降りてきた少年は綺麗に着地し、すっと背筋を伸ばした。
「……マリナ・イスマイール…何故、ここに」
「ラサーに会いに行くのよ、刹那」
「だからといって…お前、どうして中から抜け出るんだ?外は危険だぞ」
少年……マリナの親類である刹那は、そのままフードの奥の彼女の表情を覗き込む。
覗き込まれたマリナはと言うと、頬に手を当てて困ったように言った。
「まぁ、私は命を狙われる立場だしね…当然だわ」
「分かっているなら共でも付けろ。全く……襲われたらどうするんだ」
呆れ混じりの刹那の言葉に心中で激しく賛同していると、ちらりと彼がこちらに視線を寄こした。同情と、苦労を掛けて済まないという謝罪の視線を。
同じく視線で礼を述べていると、マリナがポン、と刹那の肩に手を置いた。
「その時は刹那を盾にして逃げるから大丈夫」
「……!?」
「冗談よ」
そう言ったマリナは、どうやら微笑んでいるようで。
……絶対に、冗談ではない。