66:階段
よろ、と体が傾くのを感じて、頭のどこかが警鐘を鳴らした。
しかし当然ながら傾いた後では何の意味も無い。
結果、地面へと己を引っ張る力によってそのまま、落下した。
「……はぁ」
全身を包み込むような痛みの中、思わず息を吐く。
それから、隣に同じように倒れている存在に声をかけた。
「……お前もか」
「はい。睡魔という存在の恐ろしさを初めて知りました」
「だろうな……」
何せ彼は擬人化前までは睡眠すら必要無かった存在だ。
スターゲイザーの隣で仰向けに倒れていたノワールだったが、ふと視界の端に映る物を見て目を細め……それからゴロゴロと、床の上を転がる。
そうして開けたスペースに。
再び、人が降ってきた。
「……あー、お前たちもなんだ」
そうして、しこたま体を打ち付けたガンダムは苦笑を浮かべていた。
「この分だとアレックスも落ちてきそうだな……」
「たんくはどうなんだ?アイツも落ちてきそうだが」
「アイツは昼夜逆転を直そうなんて思ってないから、今も爆睡中。だから落ちてこない」
「そちらの選択の方が賢明だった気がします」
「確かにな……」
倒れ込んだまま、スターゲイザーの言葉にノワールは頷く。
昨日は妙で面倒なRPG空間から帰ってきたかと思ったら睡眠過多で夜は眠れず、今日の朝になれば眠気が頭の中にどっしりと腰を下ろして居座った。おかげでフラフラと寝ぼけ眼でホワイトベースの中を歩く事になり、気が付けばこんな状態だ。
痛みのお陰で目が覚めた事は、決して不幸中の幸いとして認めたくないのだが。
これで夜まで起きたまま耐えきれる事が出来るのだろうかと若干、これからの今日と言う日の自分たちの苦難を思って挫けそうになる。
……オカルト系の本を読みふけっていたら、どうにか持ちこたえられないだろうか。
そんな事を思っている間にも、ゆっくりとスターゲイザーが体を起こした。
「……他の所でも似たような状況なのでしょうか」
「可能性はあるかなぁ……シャアも落ちれば良いのに。で、腕なり足なり骨を折ってくれればオレとしては万々歳なんだけど」
「……相変わらずだな」
「そんな事言わずにさ。っていうか、仲のいいオレたちとか見たいわけ?」
「普段の行動を見る限りでは、十分に仲良しに分類されると思います」
「というか、貴様らは本当によく分からん二人組だからな……そんな事を言われても困る」
「そうかなー……?」
良く分からないと言わんばかりの表情を浮かべるガンダムをちらりと見てから、ノワールも体を起こした。いつまでも床の上に寝転んでいるわけにもいかないし、今は目が覚めているとはいえ……このままだと眠ってしまいかねない。
酷く、それは遠慮したい事態だった。そんな事が起こってしまったら正直、階段から落ちた意味が全く無くなってしまう。
それが一番嫌な展開だ。事故とはいえ結構痛い目に遭ったのに……それが無駄になると言うのは、遠慮したいとかいう以前の問題だと思う。
「あれ?」
と。
不意に、階段上側から声が聞こえてきた。
「お兄さんたち、何でそんな所にいるんですか?」
声の主…アレックスは不思議そうな表情のまま、一歩、階段を下りるべく足を踏み出す。
待てと、言う暇も無かった。
彼女は軽やかな足取りで、とん、とん、とん、と一回下のフロアまで降りて来て、彼女自身の兄のすぐ傍にしゃがみ込んで首を傾げた。
「大丈夫ですかー?」
「……大丈夫だけど、あれ?何でアレックスは落ちないの?」
「落ちる?って、お兄さんたち、もしかして階段から落ちたんですか?」
「うん、まぁ……」
「……そう言う事になるな」
「ちなみに全員です」
曖昧なガンダムの言葉にノワールとスターゲイザーが続けるように口を開くと、アレックスは大きく目を見開いた。
「本当に大丈夫ですか!?さっきララァさんから、シャアさんが階段から落ちたからそっちも気を付けて、という連絡が来たんですけど……遅かったですね」
「……もしかして、それで目が覚めたとか?」
「はい。ぱっちり、って感じですよ?」
「そっか……それは良かった」
安堵に笑みを浮かべるガンダムを見ながら、思う。
その意見には全面的に同意するが、いい加減に起き上ったどうだろうか。
流石にアレちゃんを落とす気にはなれませんでした。