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筆、っていうと毛筆じゃないですか、多分。だけど、鉛筆だって「筆」って文字が入ってるよね。ということで。
メタスちゃんとゼータのお話です。



68:筆  
 
 
 
「あれ?」
 食卓の上にあるはずの物が見当たらず、メタスは首を傾げた。
 確かに、そこに置いたはずなのだけれども。転がり落ちたのだろうかと食卓の周りを見渡すが、目的の物はどこにも見当たらない。
 となれば、誰かが持って行ったという事になるのだろうけれども。
「……まぁ、いっか」
 持って行ったのなら使う用事があったということだろうし、ならばそのうち食卓の上に戻してくれるだろう。もしも戻し忘れられたとしても、幸い、鉛筆の予備ならまだまだたくさんある。特に困ったことにはならないだろう。
 そう結論付けて、自室へ戻るべく踵を返す。
 そちらにあるスケッチブックを取ったら外にでも出てみようかな、と、これからの時間のつぶし方を思案しながら、自室の扉を開けて、それから。
 いるはずがない人がそこにいて、思わず固まった。
「……あぁ、おかえり」
 けれども相手はそんな自分をそっちのけで、普通に手を上げて、普通に声をかけてきた。流石はマイペースの権化だと思いつつ、とりあえず部屋の中に入って扉を閉める。
 未だに上手く思考が纏まらないこちらをよそに、彼は……ゼータは、メタスのベッドに腰掛けて、眠たげに眼を擦りながらとある一方向を指さした。それは、この部屋にただ一つだけある机の方を向いていて、何だろうかと思いながら彼の指の誘導に従ってみれば、そこにあったのは一本の鉛筆。
 部屋から出る前に、何かを机の上に出した記憶は無い。強いて言えば一度スケッチブックをそこへ置いたくらいだけれども、それは今、自分の手の中にある。ということは、あれは自分がそこへ置いたものでは無くて、彼が自分がこの部屋を出た後に置いたものであるという事だろう。
 そして、彼によってあそこに置かれる様な鉛筆を、自分は一つしか知らない。
 先ほど見てきた光景を思い出しながら、机の上の鉛筆の正体を確信していると、相変わらずの表情で彼が首を傾げた。
「食卓の上にあれが一本だけ置いてあったから、置きに来たんだが……迷惑だったか?」
「う……うぅん、そんな事無いよ!」
 彼がしてくれた事に対して迷惑だと思うなんて事、自分に限って有り得るわけが無い。
 勢いよく首を振って訂正する自分の言葉を信じたようで、彼は、そうか、とだけ言って口を閉ざした。その声音が普段より若干柔らかく感じたのは自分の気のせいなのだろうか。







メタスちゃんは絵を描くのが好きなわけだから。スケッチブックとか普通に持ってると思って。
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