098:一途な想い
「ねぇ、ティエリア、ガンダムにあげるプレゼントって何が良いと思う?」
その言葉を聞いた時、ティエリアは思わず手に持っていた通信端末を床に落としていた。
一体、何で彼がそんな事を口にするのだろう。ガンダムにプレゼントなどと、そんな戯言を口にするのは刹那くらいのものだと思っていたのだけれど、何だろう、もしかして自分の認識が甘かったのか。……もしかして、そうする事が常識であり、それをしない自分の方が異端なのだろうか。
あまりの衝撃にぽかんと口を開けるティエリアに何かを思ったらしい。アレルヤは慌てた様子で両手を振った
「あ、違うよ。別に僕がガンダムにプレゼントをあげるわけじゃないからね」
「あ……あぁ、そうか」
アレルヤの訂正に安堵の息を零して、それから首を傾げる。
「しかし、だとしたら何故そのような事を訊く?」
「刹那が訊いてきたんだよね。ガンダムにプレゼントをあげるなら何が良いだろうかって」
「馬鹿だな」
「馬鹿って……刹那は本気なんだから、そんな事言ったらダメだよ。……それに、日頃お世話になっている人や物に対して感謝の意を贈るのは、とても素敵なことじゃないかな」
「……まぁ、人に対するそれの必要は認めてはいる」
微笑みながらの彼の言葉には、素直に頷いた。
物に対して、というのはあまり分からないけれども、人に対して感謝を示す事の有用性は理解している。人間関係が良好か否かでは色々な差異が生まれることも認知している。ただ、だからといって自分はそれを実行しようと思わないという、それだけの事なのだ。
その辺りの考えは何となく察したのか、アレルヤは少し困った様な表情を浮かべた。今、自分たちが焦点にしているのは『ガンダムにプレゼント』という良く分からない事柄であって、人間の事例の方だけに同意を得られても、彼にとってあまり話の流れとしては良い展開ではないのだろう。
そこは分かるが、けれども、無理に理解してやる必要もない。
腕を組んだティエリアは、ふん、と鼻を鳴らした。
「物に何かを与えたとしても特別な反応が返されるとは思えない。ならば物に対する贈り物など、意味の無い事でしかないだろう」
「意味の有る無いじゃないんだってば、こういう話は」
「何故だ?」
「何故って……僕らの気持ちの問題だし」
「自分の満足のために無機物に物を与えると?」
「……そう言われちゃうと笑うしかないけれど、うん、多分そうだね」
刹那の場合は違うんだろうけれど、さ。
苦笑を浮かべながらそう言い加えたアレルヤから視線を外して、ティエリアはつい、とエクシアがあるだろう格納庫の方を向いた。
今頃、最年少マイスターは自身のガンダムに何かを贈っているのだろうか。
普通なら有り得ないと思う。道具は道具なのだから、操縦者がそこまでやってやる必要なんて無いだろうし義理もないだろう。
しかし彼は、そんな事でも実行してしまうのだ。
……愚かしすぎてため息すら出ない。
もっとも、それは称賛に値する愚かしさなのかもしれないが。
そんな風に考えながら、ふっと、思った事を口から外へ出す。
「彼は……どうしてあそこまでガンダムにこだわるんだろうか」
それは、純然たる疑問だった。
実際、不思議でしかなかった。ガンダムに自分たちが乗るのは世界を変えるため。ガンダムとは世界変革の手段でしかない。だというのに刹那は、その手段に対して並々ならぬ執着を見せている。
これで首を傾げるなと言う方が無理だろう。
「アレルヤ、お前はどう思う」
「え?……うーん……自分の存在が生かされるから、とかじゃあ無いだろうしなぁ……」
「生まれた時からガンダムと共にいた、と言うわけでもない」
「珍しくて、自分の機体だから気にかける、とか」
「彼はエクシア以外のガンダムにも興味を持っているようだが」
「……格好良くて好きだから?」
「それだけの理由であれほどになるとは思えないんだが」
「あれほど?」
「俺がガンダムだ、などと簡単にほざくほど、だ」
「……あぁ。あれは一番最初に聞いた時は驚いたよね」
くすりと笑みを浮かべるアレルヤの前で、ティエリアは呆れを顔に滲ませて腕を組んだ。驚いた、などという言葉だけで、あれは済ましていい問題ではなかろうと思うのだが。
まぁ、その話はまた今度だと頭の隅に追いやって、呻く。
「だが…本当に分からないな。彼がどうしてあそこまでガンダムガンダム言っているのか」
「もう、好きだからで良いんじゃない?」
「……かもしれないな」
こんなことで議論し続けるのも、良く考えれば馬鹿らしいし。
呻いたついでに息を吐いて、ティエリアはその疑問を放棄する事にした。
刹那のガンダムに対する思いは一途以外の何物でもないですよね、というお話でした。