14.右手薬指
思うに、トレミーに乗っている男性陣は、あまりにも飾り気がなさすぎるのではないだろうか。特に、マイスター陣の約三名。
おしゃれに気を使う時間や余裕が無いのは分かっているし、そもそも彼らがそういった事を気にかけていない事だって理解している。けれども、指輪の一つも持っていないというのはどうなのだろうか……いや、別にアクセサリー系でなくてもいいのだ。帽子とか、お出かけ用の服だとか、そう言った物でも良い。
……が、どうやらそう言ったものさえ約三名は持っていないようで、それを聞いた時の驚きと言ったら本当になかった。もしかしたらこれは興味が無いとかそういうレベルじゃ無いんじゃないだろうかと、ふっと思ったのはその時だった。
それから今まで、彼らにアクセサリーの類を、という思いを絶やした事は無い。
と、いうわけで。
満を持して。
「アーデさんの部屋に突撃したというワケなのですぅ」
「良い迷惑だ。帰れ」
「おぉ、四年前を彷彿とさせる鋭い言葉ですねぇ。しかし、ミレイナはその程度の言葉では止まる気は全くありません!」
ぐ、と握り拳を作って力強く言えば、呆れたような視線を向けられた。どうして自分がここまで積極的に彼を飾り立てようとしているのか分からないらしい。
ミレイナからすれば、どうして彼が帽子も指輪も何もかもを持とうとしない事の方が分からないのだけれども、その辺りは何をどう議論した所で平行線だろうから敢えて何も言わない事にする。そのくらいは自分にだって分かるのだ。
早く終わればいいのにと言わんばかりの彼の表情に少し頬を膨らませながら、持って来たハンドバックの中身をベッドの上に散らかす。
その量にか存在にか、ティエリアがぽかんと口を開けた。
「……これは」
「アーデさんに似合うと思った物をいくつか持って来てみたんですぅ」
珍しい表情だなぁと思いながら、自信満々に笑い指輪を一つ手に取って見せる。
「コレとか良いと思うんですぅ。そんなに大きくないし、飾りもあまりなくてシンプルだし、多分パイロットスーツに着替える時でも取り外す必要無いですぅ」
「だから、何と言われても僕はそんなものを付けるつもりは……」
と。
腕を組みながら呻くように紡がれたティエリアの言葉が、不意に聞こえてきた音によって遮られた。それは、ドアが開閉する時の機械音というもので。
それはつまり、この部屋に来客が訪れたということである。
「……あれ?ミレイナ?……何でティエリアの部屋にいるの?」
そして、来客者……アレルヤ・ハプティズムは。
数冊の本を抱えた状態で、開かれたドアの向こう側から不思議そうな顔をしてこちらに視線を向けていたのだった。
「……アレルヤ、悪い事は言わないから早く君の部屋に戻、」
「ハプティズムさんナイスタイミングですぅ!さささ、どうぞこちらへ早急に早急に早速ですけれど来て欲しいのですぅ!」
不機嫌そうな表情をさらに歪めてのティエリアの言葉を思いきり押しのけながら、ミレイナはベッドの上に散らかしたアクセサリー類を手早く背中の後ろに隠して笑った。彼もアクセサリー類を持たない、自分のターゲットの一人なのである。ならばここで逃がすのは得策ではないだろう。
そんな自分の勢いに押されたのか、アレルヤはどこか気圧された様子で頭を縦に振った。
「う……うん。分かった、行……え?」
が、踏み出されようとした足が一歩を数える前に、ぴたりと止まった。
予想外の展開に、訝しさを覚える。彼は一度、頷いたのだ。となれば彼の性格上、たとえ自分の後ろに何があるのかが見えたとしても、こちらへとやって来るはず。だというのに、彼の足は止まったまま。
おかしいと思うこちらには気付いていない様子で、彼は首を傾げた。
「……行っちゃ駄目って、何で?ティエリアに借りてた本を返さないといけないんだから、部屋には入らないと……ミレイナが何か企んでるって、そんなわけ無いじゃないか。良い子なんだから。……う、……それはそうだったけどさ、でも、あの時はあの時、今は今じゃないか。あんな手には、そう何度も引っかからないよ」
そうしてつらつらと流れるように紡がれる一人事に、ようやく悟る。今、彼は彼の片割れと会話をしているに違いない。
もしもそうだというならば、きっと彼がこちらに来ることは無いだろう。彼の片割れは本当にしっかりしているから、彼をこちらへ寄こすようなことはしないはずだ。
そうと分かれば話は早い。
既に部屋から離れ行ってしまったアレルヤの事は今回は諦めるとしても、既に確保済みなティエリアの方は諦める理由が無い。
自分から漂う不穏な気配を察したのか、どこか逃げ腰なティエリアに、にっこりと笑ってつまんだ指輪を近づける。
「左手薬指とは言いませんから、とりあえず右手のどこかにでも嵌めちゃってくださいですぅ」
というわけで、一週間くらいつけさせられたりとかね。