朝、通勤して来て直ぐ。
視界に入ってきた想像を絶する光景に、綱吉は持っていた鞄を地面に落とした。
どさり、と音がしたが、そんな事は今はどうでも良い。
問題は、目の前のこの、昨日までは普通だったはずの幼稚園の現在の姿だ。
「……何、これ」
思わず、呻く。
呻いたところで何が変わるわけではない事は分かっていたけれど、それでも呻かずにはいられない。そんな類の現実を前にしたら、やはり呻く事しか一般人に出来る反応は無いのだろう。だから、というわけではないけれど、呻く。
呻いて、門の影にひっそりと潜むように座って、じぃ、とその光景を見ている存在へと、ゆっくりと視線を映した。
「……スパナ」
「何?」
「何これ」
「昨日、ボンゴレがイルミネーション付けるのも良いかもって言ってたから、とりあえず付けてみたんだけど……もしかして不満?もっと付けようか?」
「量に関しては満足過ぎて眩暈を起こしそうなほどだから、お願いだからこれ以上は付けないでくれる?多分、これ以上イルミネーションが増えたら俺、卒倒するし」
「そっか、分かった」
ボンゴレがそう言うなら。
そう頷いて、スパナはぱたんと開いていたノートパソコンを閉じた。
彼が立ち上がるのを待ちながら、綱吉は心の中でため息を吐いた。確かに、そろそろクリスマスだしそれっぽい事をしたいと言ったのは自分だし、イルミネーションも良いかもしれないと言ったのも自分ではある。けれどもだからといって、実行不実行を皆で決める前に行動してしまうというのは如何なるものだろうか。
しかし、そのつもりがあったわけではないが火種が自分であり、しかも妙に手の込んだ飾り付けをされていては怒り難い。光を付ければ注意する気も失せる程の出来映えを見せるだろう事が分かるイルミネーションを見上げて、今度こそ本当に息を吐く。
「一体どれくらい時間をかけたらこんなに綺麗に仕上がるんだか……」
「だいたい一晩くらいだけど」
「……え?」
何気なく零した言葉に返ってきた応答に、一度固まる。
今、彼は何と言っただろう。一晩、と言わなかっただろうか。
……そういえば、今更な話ではあるが、どうして彼はここにいるのだろう。幼稚園を飾り付けるという作業が終わったらすぐにでも家に帰れば良かっただろうに、あるいは幼稚園内に入れば良かったのに、この場所でノートパソコンを開いて座りこんでいる必要性は一体どこにあるのだろうか。
そんな疑問たちが頭の中で手を取り合い、ステップを踏んで踊りだす中、どうにか一つの『可能性』に思い至る事を成功させた綱吉は、恐る恐るスパナに問いかけた。
「……徹夜?もしかしなくても?」
「まぁ、慣れてるから別に問題ない」
「そう言う問題じゃないよね普通。睡眠もとらないで何やってるの!?」
「本当は半分くらい出来たら寝ようと思ってたんだけど、やってる内に面白くなって」
「だからってこれは駄目だろ!」
良い大人が何をやっているのだと叫ぶと、彼は眉を寄せて両手で耳を塞いだ。
「ボンゴレ……別にコンピューターウイルスを作ったわけでもないんだから、そんなに怒らなくても良いとウチは思うんだけど」
「コンピューターウイルスなんて作ってたら、怒るだけじゃ済まないよ?……っていうか作れるんだ?」
「やろうと思えばできると思う。やろうか?」
「いや、それは本当に止めて」
向けられた視線に首を振って答え、鞄を拾う。
さて、話も一段落した……という事にしても、そろそろ良いだろう。付けられてしまったものは仕方ないから、夜に明かりを付けて近所の人たちにも楽しんでもらえば良い。……今月の電気代が大変な事になる気がするが、そこはどうにか頑張ろう。
そうやってこれからの事を思いながら一歩、足を踏み出そうとしたところで。
ぐん、とズボンの裾を引っ張られて、止まる。
何だろうかと視線を巡らせると、そこにはまだ立ちあがっていないスパナの姿があった。
「……えぇと、何?」
「徹夜のせいで一人で立ち上がる気力が湧かないから、ボンゴレに起こして欲しい」
そう言った彼に差し出された手を。
「……」
無言のままとはいえ取ってしまった自分は、やはりまだまだ甘いのだろうか。
点灯したらそれはもう素晴らしい光景になるような出来だったのだと思われ。
だってスパナだし、飾り付けとかもなんか、はまったら凝りそうだし。