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どうしようかと考えた末、一段落付いたのだからと平和な一時を。
今までお疲れ様。
これからも頑張って。
20.リンゴの香り
穏やかな昼の日差しの中、外にあった席に座って。
こうやって平和に過ごせる事を嬉しく思いながら、はい、と紅茶の入ったカップを五つ、自分のを含めてテーブルの上に置いていく。
四つ目のカップに差し掛かったところで、困ったような声が響いた。
『僕には必要ないんだがな…』
「良いじゃない」
クスリと笑って、アレルヤは誰もいないスペースを……正確にはテーブルの上に置いてある通信機を見やった。画面は黒くて誰が話しているかは見えないようになっているが、それが誰なのかはこの場にいる誰もが分かっている。
最後に自分のカップを置いて、腰掛けてからアレルヤはティエリアに答えた。
「気分だよ。一人だけ無いのは不公平じゃないか」
『しかし……』
「良いじゃねぇか。折角淹れてもらったんだ、文句言わずに味わえよ」
「…味は分からないだろう」
ライルの言葉に刹那が突っ込みを入れ、マリーがクスリと笑う。
本当に平和だ。目を細めながら、この風景を想う。
未だに世界が完全に平和になったとは言い難いけれど、それでもこうやって落ち着けるくらいにはなった。緩やかに変わっていく連邦議会の中にはカタロンの幹部も入っているという。アロウズのやり方を見てきた彼らはそこにいるべきだと、アレルヤは思った。知ってさえいれば、同じ過ちも犯し難くなるだろう。
『そういえば』
と、唐突にティエリアが言った。
『アザディスタン、復興したらしいな』
「…あぁ。知っている」
『おめでとうと言うべきなのか?』
「……何故俺に言う。マリナに言え」
不思議そうな刹那の様子に、僕は彼女を知らないから言えない、と答えるティエリア。確かに少しだけ会ったことはあったが、それ程言葉を交わしたわけでもない相手だ、祝福を口にするような間柄でもない。これは刹那以外のメンバー殆どに当てはまる事だ。
それに、自分たちは知っているのだ。刹那とマリナが『同志』であることを。故に刹那がアザディスタンを気に掛け、マリナを気に掛けていたことを。そんな対象が復興したのだから、ここは刹那にだって『おめでとう』と言うべきだろう。
「…にしても、こんな別荘があるとはな」
ギッと椅子に体重を掛けながら、ライルが辺りを見渡す。
のどかな所だ。それに合わせてか、別荘と言っても規模は小さいこの場所は……かつて留美が所有していた場所である。ここは自分たちの待機場所として提供されていて、どうやら所有権は変わることなくCBにあるらしい。もちろん表向きは違うが、こういう理由から戦いで疲れた身を休めるには丁度良い場所として存在していた。
テーブル中央にあった皿の上の菓子に手を伸ばし、アレルヤはそこで手を止めた。色々な菓子を作ったために種類が多く、どれを取ろうかと迷ったのだ。
結局、迷った後に切り分けていたリンゴのパイを手に取る。
……あぁ、それで思い出した。
「そういえば、近場にリンゴ畑があるって」
「誰の畑なの?まさか……」
「ううん、これは他人の所有。僕らのじゃないよ」
首を傾げたマリーに答え、この菓子に使ったリンゴは全部そこからもらってきたのだと笑った。畑の所有者は気のいい人で、頼んだから快く無償で分けてくれた。
こういう人間もいる、のだ。
「流石にそこまでの規模はないってか?」
『これ以上の規模の別荘もあったはずだから、ただ単に興味が無かっただけだと思うが』
「……具体的にどのくらいの別荘で?」
『具体的に?…難しいな』
考え込む素振りを見せるティエリアに、助け船を出したのは刹那だった。
「別荘ではないが、王留美は孤島を所有していた人間だ」
「そりゃ豪勢な話で……そーいう人間もいる…いや、いた、だったっけか?」
「……そうだな」
問い返しに複雑な表情を浮かべ、刹那はカップを手に取り持ち上げた。だからといって何をするでもなく、液面を覗き込んでいるだけで……ヴェーダと一つになったティエリアから諸々の成り行きは聞いているのだが、だとしても思うところはあるらしい。
今、自分たちは一時の平和を得ている。が、それがどれ程幸福なことかを知るのはこんな時だ。自分たちが死んだっておかしくなかったと、実感してしまう瞬間だ。
だから、生きなければ行けないのかも知れないと思う。思えるように、なった。
ハレルヤ、これで良いのかな?…そう問いかけると『バーカ』と、頭の中を響く片割れの声。それは、肯定の返事として。
思わず笑みを浮かべて、ふいに鼻孔を擽るリンゴの香りに瞳を閉じた。
その香りが、平和なこの時間の象徴のように、思えた。
みんな揃って、こういう一時を過ごしても別に良いと思うのです。
本当に、長い間戦って、罪を負いながらも、これからも戦っていく、生きていく彼らに敬意を。