[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
キュベレイはおしゃれとか気にしないと思うんです。むしろみねばのおしゃれに気を遣うというか。
33:口紅
「勿体ないですわ」
出会い頭……突然こんなことを言われてしまって、果たして自分はどんな反応をすればいいのだろうか。一瞬、本気で思考が追いつかなかった。
そして思考が追いつかないままの自分を無視して、相手は言葉を続ける。
「折角そのような姿になったのですから、少しくらいおめかしをしてもよろしいのではなくて?」
「…おめかし、だと?」
「えぇ、つまり化粧ですわ」
目の前の相手……クイン・マンサはそう言って頷いた。
彼女の姿はそれはもうゴージャスそのもので、何というか、彼女自身のイメージをそのまま形に表した様子だった。そうとしか言えないような姿で、まぁそういうのもありだろうと思う。むしろ分かりやすくて良い。
対して自分はそう言えば、何だかイメージと少し違ったらしい。みねばは何も言わなかったからさほど思っていないのだろうが、シャアには思ったより若いなどと言われてしまった。自覚はあったからそれほど騒ぎ立てたりはしなかったが。別のことで騒いだが。
しかし。
「私に化粧をさせて楽しいか?」
「楽しい楽しくないのは無しではございませんの。勿体ないのだと私は言ったのですわ。どちらかといえば楽しい、の方に入りますけど」
「……そうなのか?」
「えぇ、その通りです」
力強く頷いて彼女は言い、ですから、とキュベレイの腕を掴んだ。
「私の所にいらしてくださいな。思い切り着飾って差し上げますわ」
「いや…私は……」
「そんな遠慮なんてなさらないで。とにかく貴方は何もしなければ良いんです」
ということはあれか、自分に着せ替え人形になれと言うことなのか。
そこまで言われて付き合う義理はこちらにはないのだが、いかんせん、相手の力が意外にも強い。振りほどこうと思ったのだが、その手は中々に離れてはくれなかった……手強い。さすがは元MSというわけだろうか。
だが、ここでどうにか逃げなければ着せ替え人形にされるのは間違いない。間違いない上に、その後に直ぐ帰らせてもらえるかどうかさえ分からないのだ。
それは非常に困る。ちゃんと遊びに行ったみねばが帰る前には戻っておきたいし、食事の準備という物もある。というか外は雨なので出たくないというのが正直なところだろうか。濡れてしまったら洗濯物が余計に増えることになる。
……まぁ、それを言ったところでクイン・マンサが手を放してくれるとも思えず。
ため息を吐いて、キュベレイは彼女に従うことにした。正確には従うしかないと身をもって実感した、ということなのだが。
大人しくなったこちらを見て取ったのか、満足そうに彼女は笑う。
「よろしいですわ。では、まずはここで少しだけ化粧でもしておきましょう」
「ここでか?」
「えぇ。その後に衣装を選んで差し上げます」
別に頼んでないから良いのだけれど。
だが、それを言うにはクイン・マンサの勢いは凄すぎた。何でかは知らないのだが圧倒されている感がヒシヒシと感じられる。
何だかんだで彼女も結構強いのだ。
「…ですが生憎と、今持っているのは口紅だけ」
「それは幸運な話だな…」
「何をおっしゃいます!これでは十分に仕上げることが出来ません!」
別に頼んでいないから良いのだけれど。
もう一度先ほどと同じ事を思って、それでもキュベレイは抵抗せずにされるがままになっていた。どうしようもない物事に関しての諦めはとても重要である。あまり抵抗しても意味がない上に、無駄な消費しか出来ないのだから。
「それで訊きますが、どの色の口紅がよろしいかしら?」
「何色でも良い。…というか、何でそんなに持っているんだ?」
MSの時は口紅の存在は必要ないのではないだろうか。なのにどうしてそんなに持って……というのは衣服の方にも言えることだろうか。
どうしてだか分からずに首を傾げていると、そんなの簡単でしょうと言わんばかりに、クイン・マンサは口を開いた。
「この騒動が起こってから買い集めたに決まっているでしょう?」
「決まっているのか…」
「えぇ。私、お金なら有り余るほど持っていますの」
あぁそれは知っている。ミスコンとかで一位になったら全員ディナーに招待とか無茶としか思えない本気を口にしていたから。
そんなことに金を使う方がよっぽど勿体ないのではないだろうか。
キュベレイはそう思ったのだが、結局何も言わずに黙ってクイン・マンサに口紅を塗られることにした。多分、何を言っても無駄だ。
クイン・マンサの喋り方がつかめない…。