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出会いシリーズ第二弾。前回の続きです。
「梵、また会いに来た」
それからというもの、松寿丸がこの離れを訪れるのは本当に日常になった。そして障子越しに言葉を交わすのもまた、習慣へとなっていった。その中で感じるのは、この子供の自分の姿に対する興味だ。
政宗は『視』る事……すなわち透視が出来るから良いのだが、流石に人間の松寿丸にはそれが出来るわけもなく、したがって彼は未だに自分の姿を見たことがないのだ。出会ってから、早くも二ヶ月が経っているというのに。
そして、それが子供には不服らしい。
今日も縁側に座って、松寿丸は若干不満そうな表情で言った。
「…何故、我はそなたの顔を見ることが出来ぬ」
「そりゃあ、この障子が開かないからだろ」
「それが解せぬのだ。障子とは開けるための物であろう。それが何の理由を持って閉じたままであるのだ」
それは、この戸が封印だからだ。
松寿丸とてそれは理解しているだろう。一ヶ月前くらいに、昔からずっと毛利家に使えているという老女に話を聞いたと言っていたから。その時に、遠い祖先が済まないことをしたと、子供らしからぬ謝罪をしてくれたのを覚えている。別に気にしていないから良いと答えたのだが、果たしてどこまで信じてくれたか。
自由が恋しくないわけではない。ただ、束縛される生活に慣れてしまったのだ。感情は麻痺して、空を望めないことをさほど残念と思わなくなったのはいつ頃か。
味気無い名日々に、いつしか諦めが生まれた。多分、それはこの場に捕らえられてから二千年くらいの話だと思う。もしかしたらもう少しくらい後かもしれないが、千年単位なのは間違いない。
けれども今は、松寿丸という話し相手がいる。
味気ない日々も、割と色づいていた。
そんな彼に、政宗は感謝しているのだ、いっそ。今の自分に心の底からの笑い方を思い出させてくれたのは、他でもなく彼である。
だから、顔くらい見せてやれれば良いのにとは思う、けれど。
「こればっかりは俺も無理だ。悪いけどな。俺が障子に触れると手が爛れる」
「手、が?」
「そう。昔は腕一本まるまる、だいたいそうだな…一週間くらい使えなかったぜ」
これは封印が弱くなっているのか、力が戻ってきているのか。そのどちらかが原因だろう。あるいはどちらもであろうか。
絶句しているらしい松寿丸に、苦笑して、続けて言う。
「そういうワケだ。俺はこれを開けねぇ」
「そうなのか…ならば、我には開けることが出来るのか?竜でなく人間ならば」
「保証はしねぇ。この戸は結構重いんだよ」
「たかだか障子ぞ?札が貼ってあるとはいえ、重さなど」
「いや、そういう本体の重さじゃなくってな、封印の重み?みてぇなヤツだ」
「……つまり」
言葉を整理しようと努める様子で、子供が少し少しと言葉を紡いだ。
「この障子は、本来の重さに加え、そなたを封ずる結界の存在もあって開かぬと」
「おう。分かってんじゃねぇか」
「札を剥がせば結界は解けるのか?」
「無理だな。それは普通には剥がれねぇようになってんだ。この状態で開けれるのはそうだな…結界の力をものともしねぇ強いヤツ、だな」
「我も、それになれるのか?」
「それはお前次第。言ったろ?俺は保証しねぇよ」
「…ならば、」
と、子供が立ち上がった気配がした。
訝しく重いながら障子を見透かすと、子供は、障子を挟んでこちらに視線を注いでいた。
「我が、今でも強ければ開けることが出来る、というわけか」
「試してみるか?」
面白く思いながら、政宗は誘ってみた。
松寿丸は毛利の人間だ。そこそこの力は生まれながらに持っているだろう。けれども、今までの歴代当主で自分の知っている面子を上げてみると、どうしても自分をこの場に縛り付けた当主と比べて見劣りがした。あの当主ほどは無くても問題ないが、それでも結構な力は必要であるはずだ。
さて、どうなろうか。
十中八九開かないだろうと思いながら、それでも止めずに政宗は松寿丸の行動を視る。
子供が、障子に手をかける。それでも何も起こらない。当然だ、この結界は政宗にのみ発動するのだから。それ以外が触れても問題はない。
そして、子供の手が、障子に横の力を加えて。
がら、と軽い音を立てて。
「…嘘だろオイ」
障子は、開いた。
そうして初めて直に顔を合わせて、松寿丸はどこか困ったような表情を浮かべた。
「…初めまして、と言うべきなのだろうか、梵。我には…よく分からぬ」
「……………俺もだ」
素晴らしいこととは思うのだが。
どうしても、自分の背丈に全然届かない小さな子供が、あの当主ほどではなくとも力を持つという事実が受け入れにくく、衝撃に政宗は固まってしまっていた。
事の何たるかが分かってない松寿様。まぁそれも仕方ない。
それからというもの、松寿丸がこの離れを訪れるのは本当に日常になった。そして障子越しに言葉を交わすのもまた、習慣へとなっていった。その中で感じるのは、この子供の自分の姿に対する興味だ。
政宗は『視』る事……すなわち透視が出来るから良いのだが、流石に人間の松寿丸にはそれが出来るわけもなく、したがって彼は未だに自分の姿を見たことがないのだ。出会ってから、早くも二ヶ月が経っているというのに。
そして、それが子供には不服らしい。
今日も縁側に座って、松寿丸は若干不満そうな表情で言った。
「…何故、我はそなたの顔を見ることが出来ぬ」
「そりゃあ、この障子が開かないからだろ」
「それが解せぬのだ。障子とは開けるための物であろう。それが何の理由を持って閉じたままであるのだ」
それは、この戸が封印だからだ。
松寿丸とてそれは理解しているだろう。一ヶ月前くらいに、昔からずっと毛利家に使えているという老女に話を聞いたと言っていたから。その時に、遠い祖先が済まないことをしたと、子供らしからぬ謝罪をしてくれたのを覚えている。別に気にしていないから良いと答えたのだが、果たしてどこまで信じてくれたか。
自由が恋しくないわけではない。ただ、束縛される生活に慣れてしまったのだ。感情は麻痺して、空を望めないことをさほど残念と思わなくなったのはいつ頃か。
味気無い名日々に、いつしか諦めが生まれた。多分、それはこの場に捕らえられてから二千年くらいの話だと思う。もしかしたらもう少しくらい後かもしれないが、千年単位なのは間違いない。
けれども今は、松寿丸という話し相手がいる。
味気ない日々も、割と色づいていた。
そんな彼に、政宗は感謝しているのだ、いっそ。今の自分に心の底からの笑い方を思い出させてくれたのは、他でもなく彼である。
だから、顔くらい見せてやれれば良いのにとは思う、けれど。
「こればっかりは俺も無理だ。悪いけどな。俺が障子に触れると手が爛れる」
「手、が?」
「そう。昔は腕一本まるまる、だいたいそうだな…一週間くらい使えなかったぜ」
これは封印が弱くなっているのか、力が戻ってきているのか。そのどちらかが原因だろう。あるいはどちらもであろうか。
絶句しているらしい松寿丸に、苦笑して、続けて言う。
「そういうワケだ。俺はこれを開けねぇ」
「そうなのか…ならば、我には開けることが出来るのか?竜でなく人間ならば」
「保証はしねぇ。この戸は結構重いんだよ」
「たかだか障子ぞ?札が貼ってあるとはいえ、重さなど」
「いや、そういう本体の重さじゃなくってな、封印の重み?みてぇなヤツだ」
「……つまり」
言葉を整理しようと努める様子で、子供が少し少しと言葉を紡いだ。
「この障子は、本来の重さに加え、そなたを封ずる結界の存在もあって開かぬと」
「おう。分かってんじゃねぇか」
「札を剥がせば結界は解けるのか?」
「無理だな。それは普通には剥がれねぇようになってんだ。この状態で開けれるのはそうだな…結界の力をものともしねぇ強いヤツ、だな」
「我も、それになれるのか?」
「それはお前次第。言ったろ?俺は保証しねぇよ」
「…ならば、」
と、子供が立ち上がった気配がした。
訝しく重いながら障子を見透かすと、子供は、障子を挟んでこちらに視線を注いでいた。
「我が、今でも強ければ開けることが出来る、というわけか」
「試してみるか?」
面白く思いながら、政宗は誘ってみた。
松寿丸は毛利の人間だ。そこそこの力は生まれながらに持っているだろう。けれども、今までの歴代当主で自分の知っている面子を上げてみると、どうしても自分をこの場に縛り付けた当主と比べて見劣りがした。あの当主ほどは無くても問題ないが、それでも結構な力は必要であるはずだ。
さて、どうなろうか。
十中八九開かないだろうと思いながら、それでも止めずに政宗は松寿丸の行動を視る。
子供が、障子に手をかける。それでも何も起こらない。当然だ、この結界は政宗にのみ発動するのだから。それ以外が触れても問題はない。
そして、子供の手が、障子に横の力を加えて。
がら、と軽い音を立てて。
「…嘘だろオイ」
障子は、開いた。
そうして初めて直に顔を合わせて、松寿丸はどこか困ったような表情を浮かべた。
「…初めまして、と言うべきなのだろうか、梵。我には…よく分からぬ」
「……………俺もだ」
素晴らしいこととは思うのだが。
どうしても、自分の背丈に全然届かない小さな子供が、あの当主ほどではなくとも力を持つという事実が受け入れにくく、衝撃に政宗は固まってしまっていた。
事の何たるかが分かってない松寿様。まぁそれも仕方ない。
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