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IF展開の起承転結・起っぽいの。
貂蝉さんと曹操様のお話です。



 曹操軍と袁紹軍が衝突し、勝敗が喫してから早二週間。
 戦終了直後は勝利に浮かれてきっていた兵士たちも、時が経てば落ち付いてくるもの。今ではあの戦場で敵の命を奪い取るべく奮闘していた時ほど……とは流石にいかないが、それでもそこそこの緊張感を持ち直していた。それはきっと、真偽すら定かではない、最近流れているとある噂に起因するものなのだろうけれど。
 まぁ、そうであろうとそうでなかろうと、自分にはあまり関係ない。兵たちの様子になど興味がない、と言いかえることもできるだろうか。とりあえず、呂布の邪魔にならなければそれで良い。
 くあ、と欠伸をしながらそんな事を思い。
 貂蝉は、握り飯と水の入った籠を揺らしながら、冀州の城の廊下をゆっくりと歩いていた。
 周囲には一人の通行人も見当たらない。それはきっと今の様な真昼の時間帯だけではなく、朝も、夜も、全く変わらない事柄なのだろう。
 少なくとも、この二週間の間では。
「……無理もない、か」
 呟き、肩を竦め。
 行き止まった廊下の前、ぴたりと足を止めて顔を上げる。
 そこには、一つの扉があった。
 何の変哲もない普通の扉である。冷たく無機質で、そう簡単には壊れないようにと鉄で作られている……誰かを閉じ込めるためだけに存在する、単なる扉。
「……やれやれだな」
 この扉の向こうにいる人物の事を思いながら、この後何が起こり得るかを考えながら、懐から出した鍵を鍵穴に入れ、回す。
 瞬間。
 全身を襲ったのは、焼死の気配だった。
 体の表面から皮膚の裏、内臓の一つ一つまで。何もかもを一瞬で燃やし尽され生命を奪われる予感。しかし実際に感じるのは、灰に還ることもできないまま、ひたすらに獄炎によって身を焦がされていくような痛苦である。
 鋭く容赦なく、全てを返り討つ紅蓮の気配。
 それは俗に言う、殺気というものだ。
 感じた通りの事柄は、だから実際には何一つ起こっていない。あの感覚は、殺気を感じ取った精神がその苛烈さを余すことなく受け止めてしまったがための、望まれない仮死体験の様なもので、現実に引き起こされた事柄ではないからだ。落ち付いてみれば体のどこにも変調が無いことが分かるし、視線を下げれば火傷の一つもない正常な肌が見える。
 今のは単なる幻の様なものなのだ。
 しかし、幻だろうと何だろうと、あの感覚だけは本物だ。感じてしまった以上、それを感じたと言う事実だけは嘘に出来ない。
 故に、この場所に訪れる人間は限られる。普通の兵ならば、もしかしたらこの感覚だけで死んでしまうかもしれないからだ。そう思わせるほどに、あの紅蓮は厳しく、激しく、加減を知らない。……枷が外れているとも言うだろうか。
 高順や陳宮ならばまだ耐えられるだろうが、さて、果たして次の一歩を踏み出すことが出来るだろうか。大目に見積もっても、五分五分、といったところかもしれない。
 あんなものを受けて尚、何ともない様に動ける人間がいるわけがないのだから、それは仕方のない事ではあるのだが。
 だが。
「……は、」
 吐き出した息と共に痛みの幻も追い出し、貂蝉は、扉の取っ手に手をかけた。
 ……そう。自分は、あの気配に晒されながらでも、動けた。
それはきっと、自分が修羅の世界に片足を浸しているから、なのだろうと思う。もう半分ほど中身が人間では無いから、まだ活動する事が出来るのだ。
 あとは、そう、経験。苦労無く二週間ここに通い詰めていたわけではないし、だてにかの戦慄の暴将の傍らに在り続けているわけでもない。
 こんな事、自慢にはならないだろうが。
 自嘲気味に笑い、扉をひく。
「曹操、入るぞ」
 中に声をかけ、部屋の中に入る頃には。
 自分の顔から苦笑は消えていたし。
 殺気の方も、嘘だったかのように消え去っていた。
 それはこの二週間で出来上がった、予定調和のようなやり取りだった。呼吸と同じほどに自然な行為であるため、特に気にするような事もなく。
 貂蝉は、今日も壁に背を預けて床に座っている曹操の傍らに、ひょいと腰を下ろした。
「相も変わらずボロボロだな」
「……ふん」
 挨拶代りの言葉に不満げに鼻を鳴らした彼の様を、改めて確認する。
 まず、腕が動かせない。両手とも後ろに回され、鎖で何重にも巻かれて縛られているのだから当然だが。加減なく容赦なく縛られているはずだから、恐らく手の感覚はどこかへ消え失せているだろう。
 足の方は縛られていないが、その分……と言うべきか、こちらの方が酷い事になっている。幾重にも赤い筋が刻まれているそれは、それでも彼からすれば動かせない事はないらしい。ただ、動かせたとしても、その際に痛みを伴うのはほぼ必然なので、そう長い時間は使えないだろうと自分は踏んでいる。
 ちなみに、体の方も、おおよそ足と似た様な状態だった。ただ、こちらは刃物による傷だけではなく、打撲による青痣の方も多い。衣類に覆われていない部分だけでも、変色していない肌が殆ど見当たらない状態なのだ。
 そんな中、少量の傷があるにしても、どうにか顔が無事でいるのは、果たして良いことなのかどうなのか。
 そんな事を考えながら、籠の中から握り飯を一つ取り出し、ほら、と差し出す。
「食え。こんなところで奉先と互角に渡り合える侠を失っても困るからな」
「貴様はいつもそればかりだな……」
「仕方ないだろう。私にとってお前はそういう存在でしかないんだから」
「まぁ、それはそうだろうが」
 呆れた表情を浮かべながら応じた彼は、その後、ゆっくりと口を開いた。
 それが「食べる」という意思表明なのは、今までの付き合いで分かっている。だから、特に何も思わないまま、持っていた握り飯を彼の口元へ近付けた。
「……梅か」
「昨日は鮭だったからな。明日は何が良い? 希望があれば聞くぞ」
「……昆布」
「あぁ、そういえば最近持ってきてなかったな」
 続けて食べさせながら、しかし、と息を吐く。
「お前、何だか奉先に似てきたな」
「……嫌な事を言うのは止めろ」
「嫌か。……確かに嫌だろうな」
「分かっているなら口にするな」
 気持ちは分かったから素直に肯定を返すと、不愉快そうな表情を浮かべられた。……当たり前の結果だったから、その表情に対しては何も言わない事にする。自分だって呂布と似てる、と言われたらきっと同じ顔をするだろう。
 呂布という存在に魅せられてしまっているのは認めるところではあるにしても、だからといって、呂布みたいになりたいかと言えばそうでもないのである。
 ……あんな迷惑な性格は流石に遠慮したい。
 そんな風に思いながら、軽く息を吐いたところで。
 ぽつり、と曹操が呟きを零した。
「……それで、どこがどう似てきたんだ」
「……」
 あぁ、やっぱり気になるのか。
 ふむふむ、と頷きながら、肩を竦めて口を開く。
「殺気だよ、殺気」
「……?」
「鋭さが似てきた。容赦と情けと加減をどこかに置き忘れてきた感じがそっくりだ」
「……そんな自覚は無いがな」
「それでもこれは事実だよ」
 不機嫌そうな彼に、くくく、と笑って見せてから、渋い表情を作って腕を組む。
「部屋に入る前に毎回毎回お前の殺気を受けるのは、なかなかに骨なんだがな……どうにかならないのか、それ」
 人が近づく気配を察すると、彼の殺気は自然と溢れだしてしまうという。これは、動けない状況でも、敵しかいない環境下でも、どうにかして身を守れるようにと、無意識が作りだした防衛反応なのだろうと、自分は推測している。確認は取っていないが、恐らく彼も同様に思っているのだろう。
 意識しての事では無いとはいえ……生きるための選択だ、そう間違ったものではない。実際、これは良い牽制になると思う。ただ、少しばかり効果が過剰すぎなのが問題で、牽制しなくていい相手まで遠ざける可能性がある。
 もっとも、気配だけで誰と判別できるような親しい間柄の人間など、この場所にはいないのだろうから……こういった微調整は必要無いのかもしれないが。
 それでも、二週間通い詰めたからか、何となく自分が来たと言うのは分かる様になっては来たらしい。
 だから、少しはどうにか出来ないかと思い訊いたのだが。
 しかし。
「自分でも制御が効かんものをどうしろと言うのだ」
 帰ってきたのはにべもない言葉だった。
「……それでも制御するための努力ぐらい出来るだろう」
「余裕が無い」
「……む」
 それを言われては終わりなのだが。
 不満を顔に浮かべると、彼は大きく息を吐きだした。
「……面倒をかけているのは、悪いと思っている」
「………………は?」
 思わず。
 耳を疑う言葉が聞こえてきた気がして、貂蝉は素っ頓狂な声を上げて傍らの侠を凝視した。
 見られた方としてはたまったものではなかったのだろう。曹操は直ぐに顔を背けた。その際に若干肩が揺れたのは、それだけの動きでも傷に障ったからだろうか。
「……いや、戯言だ。忘れろ」
 そうして届いた言葉に、何度か瞬きをして。
「……そうか」
 とだけ返した。それ以外に返し方が思い浮かばなかった。
 それにしても、と組んでいた腕を改めて組み直して、今の言葉を脳内で反芻する。まさか、こんな言葉をこの侠から聞かされる事になろうとは思ってもみなかった。出会った時から敵同士であった曹操とは、今でも敵のままなのだから。そして、普通は敵に対してこんな言葉を言う機会はないだろう。
 確かに現状では、自分が彼を生かしている様なものだ。だが、それは彼が望んだことではなく、こちらが勝手にしている事。そもそも、虜囚が看守の様なものに礼を言うなんて、そう有り得る話ではないはずだ。
 ……もしかすると、この二週間で自分たちは多少、慣れ合ってしまったのかもしれない。
 しかし不思議と、困った、とは思わなかった。
 それはきっと、確信があるからだ。親交があろうとなかろうと、敵対すれば彼は容赦を捨てて相対するに違いない、という確信が。だから、少しくらいの慣れ合いなら問題ないと思えるのだろう。それは戦場において特に何の意味も持たないと分かっているから。
 ならば今は、別にこんな関係であっても良いだろう。
 当然のごとくにそう考えてしまう所、やっぱりこちらも感化されてしまっているらしい。
 とびっきりの自嘲を込めた苦笑を浮かべ、
「ところで曹操、茶は要るか」
「……もらおう」
「了解した」
 貂蝉は、籠の中から茶の入った水筒を取り出した。
 






~貂蝉さんと曹操様。 若干仲良し。
 
 
 曹操様の状態とか、そういうのが分かれば幸い。一応それを目指した。
 あと、何か思った以上に貂蝉さんと曹操様が仲良くなったっぽい。慣れ合い。互いが互いに境界線とか色々分かってるって分かってるから、安心して慣れ合えたりしてる感じ……なのだろうか。
 
 
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