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IF展開の起承転結・承っぽいの。
袁紹閣下と曹操様のお話です。

若干暴力的表現が出てる感じなので、苦手な人は注意してください。



 付き合いは、存外長い。
 あれの傍に在り続けた兄弟ほどではないにしても、年単位の知り合いである。深い意味の無い気楽な会話をしたこともあったし、妙な事に巻き込まれた事も巻き込んだ事もあったし、何もせずにいたこともあった。
 日常的なことから深刻なことまで。
 様々と関わってきたけれども、ただ一つ。
 いついかなる時でも変わらず感じていた事がある。
 それは、劣等感。
 地位も、富も、権力も上をいっていた頃があった。血筋なんて言うまでもないだろう。……だというのに、今まで一度も勝てた、と思えた事が無い。
 これは一体何故なのだろうか、と。
 最近、脳裏をかすめるのはそんな疑問ばかり。
 昔からふとした瞬間に思う事ではあったが、今ではほとんど毎日のようにそんな疑問と向かい合っている。かつての自分が今の自分を見たら、何事が起こったのだと目を丸くするのではないだろうか。
 件の疑問が頭を離れない……その理由は分かっている。勝つことなど出来ないと思い続けていた存在が、出会ってからずっと勝てていなかった侠が、自分に負けて自分の手中に落ちてきたからだ。
 そう。自分は勝った。
 勝ったのだ。
 勝てないと思い続けていた相手に。
 だというのに未だに心に残るこの感情は何なのだろう。
「……っ」
 と。
 ふと感じた、小さく息を詰める気配に、袁紹は思考の海から引き戻された。そうして、酒入りであった陶器を傾けていた事を思い出し、既に中身が空になっている事に気付く。その中身が余すことなく相手に与えられているかを確認すべく、袁紹は視線を下に向けた。
 そして見えたのは思った通りに酒にまみれてしまっている曹操の姿である。先ほどの声なき呻き声は、酒が体中の傷に染みてしまったからなのかもしれないと、今更ながらに思う。
 そして、肝心の表情は見えない。というのも、彼が俯いていたからである。下を向いている相手の顔を上から窺おうなど、どうやっても出来るわけが無かった。
 けれども。
「……」
 顔が見えないのは、何となく不愉快だ。
 相手の傍らにしゃがみ込み、その額に左手をやって、ぐい、と持ち上げ、後頭部を相手の背後の壁に押し付けた。慎重さも優しさも無い、物を扱う手つきで。その際の衝撃で傷が痛む事はあるかもしれないが、これに対して気遣いを見せるつもりは全く無いので、特に気にはしない。
 案の定、そうして見えたのは苦痛に歪んだ顔。
 その表情に少しの満足感を覚えながら、問う。
「何をそんなに不景気な顔をしておる? 久々の酒は口には合わんかったか?」
「……黙れ」
「ほう、そんな態度をとるのか」
 鋭く睨みつけてきた相手に、そうかそうかと頷いて。
 右手で持っていた空っぽの入れ物を、思いきり曹操の左頬に叩きつけた。
 今度は、呻き声も何も無かった。
 ただ、頬にいくつかの裂傷が出来ただけだった。
 それを不思議に思い、手に持っているものを見直して、あぁ、と心の中で呟きながら理解する。入れ物は、叩きつけた所から割れてしまっていた。結果として出来あがった尖った部位が、あっさりと相手の頬を切り裂いてしまったのだろう。
 ふむ、と呟き、割れて本来の役目を果たせなくなった物体を放り投げ、裂傷へと右手をのばす。
 小さな傷も、少しばかり大きめの傷もあったが、選んだのは中ぐらいの傷だった。丁度、人差し指が入るか入らないかくらいの大きさの。
 割れた容器の破片を目に入れないためにだろう、瞼を下ろしていた曹操が、頬の傷口に触れた所で目を開いた。
 あぁ、やはり瞳は見えた方が良い。
 そんな風に思いながら、傷口に親指を突き入れる。
「きさ……ぅ…っ」
「喋るな喋るな。下手に動かすと傷が広がるぞ。まぁ、わしは別にそれでも良いがな」
 笑いながら言えば、先ほどとは比べ物にならない眼光が体を貫いた。痛みすら感じるそれは、しかし今の自分にとっては優越感を覚える材料にしかならない。
 そう。
 優越感である。
 紅蓮の覇将軍と呼ばれ、太陽とあがめられている侠が、ここまで好き勝手されているというのに、睨みつけること『しか』出来ないという事実。
 それに優越を感じずして、一体どうしろと言う。
 ……だから、今のこれの敵意しか感じられない表情は、嫌いでは無い。悔しげな表情も見せてみろと思いはするが、見せられるならこちらの表情の方が良い。屈せず、諦めず、しかし手も足も出せないこれの様子がよくよく分かるのだ。
 ず、と親指を抜き去れば、曹操の表情が再び歪む。それを眺めながら、親指についた血も拭わずに、左手を離して立ち上がる。
 それから、鳩尾に爪先を叩きこんだ。
 加減も何も無い、ただの蹴りである。
 だが、これは効いたらしい。思わずなのか、相手は体を丸めようとして……それさえ失敗して、ふらりと床に倒れ込んだ。恐らくは、今の蹴りの痛みのためだけではなく、動こうとしたせいで体中の傷が疼いてしまったがためだ。体を動かそうとするだけで激痛が走るからと、これが出来るだけ動かないようにしている事くらい知っている。
 ふん、と鼻を鳴らして見下ろせば、相手は脂汗を浮かべていた。……どうやら思った以上に効果があったようだった。そういえば先ほど蹴り付けた場所は、二日前にも色々とやってやった箇所だったか。もしかすると今の行為のせいで、その時の傷が完全に開いたかのかもしれない。あるいは、悪化でもしたか。あと、倒れた衝撃で他の所の傷も似た様な事になってしまっている可能性もある。
「不便な体じゃのう」
「だ……ま、れ……っ」
「まだ言うか。懲りんな、貴様も」
 やれやれと肩を竦めながら、今日はこれくらいにしてやろうかと思う。まだまだ続けたいという気持ちはあるのだが、やりすぎて本当に死んでしまっても困る。そんな事になったら、もう二度と自分はこれに勝てなくなってしまうのだから。
 そう考えて、息を吐く。
 なんだ、実際に相手を負かし、その上でここまでやって、優越感さえ覚え……だというのに、まだ自分は勝っていないのか。
 ……案外、難儀なのは、不便なのは自分の方なのかもしれなかった。ここまでやって、まだ勝ちを感じられないのだから、不便にも程があるだろう。
 しかし、そうなると余計に感じられる事がある。
 それは。
「……」
 ふと、袁紹は曹操の足を見た。
 手の方と違い、こちらは戒められていない。というのも、全て縛ってしまっては「つまらないのではないか」という思いがあったからである。実際、自由になる個所があれば、そこを使ってこれはいくらでも反撃してきた。それをかわし捩じ伏せ叩きのめす事は楽しく、飽くことも無かった。最近ではその元気も無い様で、反撃の気配すらない。
 ならば、この足をこのまま放置する意味はないのではないだろうか?
 どうせ使えそうで使えない部品なのだ、完全に使えない状況にしてしまっても問題はないだろう。
 思いついてしまえば、それは名案であるように感じられた。
 再びしゃがみ、足首に手を伸ばす。
「……? ……!」
 始めは訝しげな視線が送ってきた相手ではあったが、直ぐ目を大きく見開いた。おおかた、自分が何をしようとしているのか察したのだろう。敏い事だ。
 つまらない。そう思いながら右の足首を握り、軽く力を込める。
 すると、思った以上にあっさりと、ぽき、という音がした。
「っが……!? い゛ぅ……っ」
「喚くな騒々しい」
 途切れ途切れの悲鳴に笑みを浮かべながら、今度は左足首に手を伸ばし、同じように、ぽきん、と折る。
 これで、最早自力で歩く事は出来ないだろう。
 満たされた思いで立ち上がり、ついでに先ほど負った部分を力一杯踏みつけて。
 床に倒れたままの曹操に背を向け、開けっぱなしの扉へと歩を進める。本当にもう、今日はこれくらいにしておかなければならないだろうから。ここにいては、衝動に任せるままに、さらに余計な追い打ちをかけてしまいかねない。
 それは、本意では無いのだ。
 今度は何をしてやろうか。次の夜に思いを馳せながら、ついに一つしか無い出入り口を越えようと言う時に。
 そういえば、と。
 伝え忘れていた事を思い出した。
 くるり、と振り返り、ぴくりとも動かないそれを見る。
 もしかして、先ほどので気を失ってしまったのだろうか? だとしたら随分と脆くなってしまったものだ。二週間かけて脆くしていったのは、傷を付け続けていったのは自分とはいえ、これには流石に呆れる。そして困る。これでは、大したことが出来なくなってしまう。それは少々、不愉快だ。
 そんな風に思いながら、しかし、それは有り得ないだろうという確信が、頭の片隅にあった。己を害するモノが傍に在ってなお気絶出来るような性質ではないだろう、これは。
 故に、動かない事は特に気にせず、伝えようと思っていた事を伝えることにする。
 もしかすると、兵の間に広まっている噂話として、呂布隊の所の誰かが既に伝えているかもしれないが、それでも言う。
「一週間後、貴様の領土に攻め入る」
 そうして言ったその言葉に。
 相手からの反応は無かった。
 だが、自分の伝わっている事だけは間違いない。それは最早、自分の中で確定した事実となっている。だから分かったかという確認も取らず、今度こそ部屋を出て扉を閉じる。
 さて、独り取り残された部屋の中、あれは何を思うだろう。
 脱出の手段だろうか。けれども、あの足で一体どう脱出すると言うのか。あれでは痛みをこらえて歩く、という選択肢も選べないはずだ。実行した所で、今のあれならば一般の兵ですらどうにかできるに違いない。だというのに……まったく、あれほどまでに弱っている曹操に、何故、兵たちは臆しているのだろうか。
 この部屋に近寄ろうともしない捨て駒たちを思い、息を吐く。そういえば以前、貂蝉が『それは普通の兵には酷だろう……』などと言っていたか。その後、『お前は何も感じないのか?』とも言っていた気がする。意味が分からなかったので無視したが……あの女は自分の知らない何かを知っていると言うのだろうか。だとしたら、それは一体何なのか。
 そう考えて、首を振る。考えてみれば、それはどうでも良い事だった。曹操がこの部屋から出る事が出来ず、自分がこの場所を訪れる事が出来る。それさえハッキリしていれば、それで良いではないか。
 くく、と笑い、部屋から遠ざかる方へ歩を進める。
「翼を折られた籠の中の鳥……いや、鳳凰か? 何にせよ、あの曹操じゃ、飼い殺しの相手としては申し分ないわ」
 時間をかければ、きっと自分の望みも叶うだろう。
 負け続けた自分の、勝ちたいという望みが。
 いつか、叶うこともあるだろう。
 だからそれまで、あの紅蓮をここに縛り付けておく。
 ただし、勝ちをもぎ取った後、手放すかどうかはその時の気分次第ではあるが……。
「……ん?」
 そこで。
 廊下の角の辺りに、何かが見えた気がして歩を止める。
 一瞬で見なくなったそれをもう一度とらえようと、視線をそちらへ向け直してみるものの、それらしい影は見つからない。あったのは単なる、何も無い普通の曲がり角だった。
 気のせいだったのだろうか。
 それは、ふとした思いつきの様な結論ではあったが、同時にひどく説得力を持った言葉でもあった。
 そう。あれは見間違いだったに違いない。そもそもこの二週間、あの侠がここに来る姿を一度も自分は見たことが無い。自分が見ていない時に来ていた可能性もあるが……それはきっと無いだろう。あの侠が興味を持つのは自分と互角に戦える侠、それのみであり、今の曹操ほどその言葉に合わない者はいない。貂蝉の方は、それでも『候補者』を殺させまいと、様々に動いているようだが。
 ともかく。
 だから、あれは気のせいだったのだ。
 見えた気の下、あの、戦慄の暴将の背は。
 きっと、見間違えだった。
 
 

 
 
 

~袁紹閣下と曹操様。 顔なじみ。
 
 袁紹閣下は、曹操様の昔からの知り合いだし、色々と曹操様と関わってきたんだろうなー、と思う。創世記でもそんな感じだったし。で、袁紹閣下が曹操様を利用しようとしても、結局曹操様の手のひらの上だったりして。何をやっても曹操様を越えられない、っていう感覚が実はあったりしないのかな、とか思った末にこうなった。酷いな。
 曹操様に勝ちたい袁紹閣下。
 でも、きっと本当の意味では勝つことが出来ない袁紹閣下。



 ……そして曹操様に謝り続けたのはひとえにこの話のせいです。
 本当に申し訳ありません曹操様……この部分を書いてる途中、ひたすら謝っておりました。
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