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一体、どうやったらこんなところに来るのだろう。
ミハエルは一人、腕を組んで悩んでいた。
自分は、石造りの町を歩いていたはずだ。ネーナがどうして『町を壊さない方が良い』と言ったのか、『しばらく滞在したい』と申し出たのか。それを知りたかったから。
だから、歩いてみたら分かるかと思い、実行したのだけれど……
どうして自分は今、荘厳な神殿内部のような場所に立っているのだろうか。
自分がいるのは、丁度入り口の辺り。目の前に広がる広い空間には、ほとんど何もない。天井は……見上げていたら首が痛くなりそうだ。
壁はなく、石柱が天井を支えていた。どこまでも古風な神殿……に見えなくもない。
だが、真正面にだけは壁があった。そこには巨大な鏡が立てかけられており、さらにその前には祭壇のような物もあった。
鏡はとても大きく、ほとんど壁と同じくらいの大きさだ。高さは幅と同じ程度で、つまりは正方形。所々縁が歪んでいるが、それも無視できるほどでしかない。
何となく、ミハエルは足を前へと進めた。
こういう変な場所に入り込んでしまった場合、じっとしている方が良いのは分かっている。さっさと帰った方が良いのも。
だけれど、好奇心は強かった。
床を照らしている陽と、それを遮る陰。交互にそれらを踏みながら、ミハエルは進んでいく。
そして……何もない空間の中程まで来て、ようやく一つ、気づくことがあった。
祭壇の上に、誰かが寝ているのだ。
「……は?」
誰だ?という疑問に背中を押され、小走りで祭壇の方へと向かう。
……そこに眠っていたのは、小さな子供だった。
閉じられた瞼に、胸の上で組まれた手。真っ白な、ローブのような衣装。台座の上に広がった、長すぎるほど長い黒髪。
荘厳なこの場所の様子と合わせて、まるで、何者かへと捧げられているようにも見え……否、本当に捧げられている生贄なのかも知れない。
しかし、そんな神聖な印象をぶち壊しにするのが、子供が纏っている雰囲気。子供は見た目の年齢とは不分相応に、確かにそれ纏っていた。
王者の、風格を。
子供は間違いなく捧げられる者ではない。むしろ捧げ物を受け取る側の者だと、ミハエルは小さな確信を持った。それほどまでに、その雰囲気は絶対的な何かを含んでいたのだ。
その事実の驚きと共に子供を眺め、小さな既視感を覚える。
……この子供を以前、見たことはなかっただろうか?
腕を組んで、首をかしげる。多分、そんなに昔の話ではない。
つい、と手を伸ばして、子供の顔にかかっている前髪をかき分けようとして……気づけば、町の中心の時計塔の下に立っていた。
「……え、オイ…何だよこれっ」
ワケが分からない。何だったんだろうか、さっきのは。白昼夢…なのだろうか?にしては現実味が強すぎる。
どういうことか考えようとして、先ほどの記憶が酷く遠いことに気づいた。
薄まったわけではない。ただ遠ざかっているだけ。手でしっかりと捕まえていないと、どこか別の場所へと奪い取られそうな。
これは……誰かが、あの場所の、あの子供の記憶を奪おうとしているのだろうか?
混乱する頭で、しかしそれでも、ミハエルはしっかりと記憶をつなぎ止める。
何だかそれが手放すのが惜しいような、とても大切な物のように思えたのだ。