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部屋に現れたのは、あの男と、その知人。それから眠っている幼い自分。
あの時は、まさか夕食に睡眠薬が混ざっているとは思っていなかったワケで……そうでなければあんな男に無防備な姿を見せはしないが、今思うとこれがどれだけ不覚な事だったかというのが良く分かる。酷く悔しい気分だ。
この部屋で、まさに商談が始まろうとしていた。呆れて物が言えないが、あの男は本気で自分とアレルヤを引き離すつもりだった。ティエリアともだったが、彼の場合は自分にとってはそれほど必要もないので別に。まぁ……片割れにとっては大切な居場所の一欠片。少しくらいは離れないようにと気に掛けている。
それは置いておいて。
パチリと瞳を開いた自分に、妙な空気を感じ取って走ってきたティエリアを認め、溜息を吐きたい気分になった。役者は残り一人。そして全てが始まって終わり、再び始まりへの道を辿る。
チラリと隣を見れば、片割れは瞳を閉じて深呼吸をしていた。平常心を保とうとでもしているのだろうか。彼らしいと言えばらしいのだが、それが効果を発揮するかは怪しい。そんな生ぬるい記憶ではないだろうに。
そして、瞳を閉じたままアレルヤが言う。
「本当に……いいの?後悔は無い?」
「愚問だな。俺がお前を放り出して行くとでも?」
「じゃあ……ロックオンは?」
「答えなんて、始めから分かり切ってるだろ」
「そう…じゃあ、もう少し付き合って。すぐ終わるよ」
あの男がティエリアと口論を始めた。知人の男はワタワタと慌てていて、幼い自分はゆっくりと起き上がり、確か……状況判断に努めていた。寝起きで、何でここに自分がいるのかと混乱したのを覚えている。睡眠薬を盛られたと推測するのに、時間は大して必要ではなかった。
どういうことかと詰め寄ろうとした時、偶然にも事は起こってしまった。
男がティエリアに手をあげ、その現場にタイミング良くアレルヤが来てしまったのだ。
といっても彼の今の姿は黒衣長髪。見慣れている自分とティエリアはまだしも、あの男やその知人が彼を分かるはずもなく。ただただ、知らない子供が屋敷にいるという認識しかできなかったらしい。困惑を顔に浮かべ、対応に困っているようだった。そして……その戸惑いは、彼らの命運を決めた。
即ち、死という未来を。
恐ろしいものを見たかのように一歩後ずさる幼い片割れに、あの時何か危ない物を感じたのだった。まだ子供だったから、その感覚が何を指すのかも分からず。それは警鐘だったというのに。
男が、小さな『見知らぬ』子供へと近付いた、その時が押してはいけないボタンを押した瞬間だった。
全てを知っている紅い瞳に敵意が灯り、白い右手が敵を狩ろうと持ち上げられ、少しだけ長い指は例の男達を指し、床に付きそうな黒い髪が広がり、彼の周辺から黒い炎が現れ、それはまるで生きているかのように男達へと躍りかかった。
一瞬で客人は消えた。体だけではなく、存在までもが消えたのが分かった。もう、あの男のことを思い出すのが困難になっていたから。覚えていたはずの顔さえ浮かんでこない。そこに、いたのは分かるのに。
対してあの男はまだ生きていた。喉を焼かれ、命乞いすら出来ない状態で。ただ命を刻一刻、すり減らしていく。その行為は片割れの怒りを表しているように思えた。
その時、自分は何かを言わなければという、義務感にも似た感情を抱いていた。何か言ってやらないと。そうしないと片割れが壊れてしまう気がした。しかし、感情任せの炎は対象を選ばず攻撃を仕掛ける。自分たちにさえ、片割れ自身にさえ。
炎に焼かれ、ガクリと膝をつく自分を見る。もう、体に力が入らなかった。声も上手く出ず、辛うじて動く頭で震えている片割れを見ていた。
そして、叫び声を聞く。
『これ以上、僕の……僕の居場所を奪わないでっ!』