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番外編・6
日の暮れる時間帯の少し前まで賢人の家で他愛のないことを話し、それから三人は彼の家を出た。日が暮れてから街の郊外を歩くのは少々……いただけない。これからどうなるかは自分たち次第だが、少なくとも今、このあたりにはゴロツキがしばしば出没する。何もしなくても目が合えば絡まれる、という類の人間たちにはあまり会いたくなかった。
そして向かうのは、街の中にある刹那の家。
彼には両親がいない。後見もいないし、頼れる親類もいない。そんな彼が小さくとも一軒ほど家を持ち、住み続けることが出来るのは、ひとえに彼の人柄故だろう。無口だが根は良い…そういう彼は、近隣の住人から酷く気に入られているらしい。だから好意も送られるし、サポートもされるのだろう。
「ねぇ、今日の晩ご飯は何にするの?」
「何でも。あぁ、姫様と刹那は台所に入らないでくださいな。私がやりますから」
「……すまないな」
「お気になさらず」
しかし、だからといって晩ご飯まで頼るのはどうだという結論の末始まった、帰りながらの晩ご飯についての議論をしながら、シーリンは軽く溜息を吐く。
マリナは人並み。皇女なので、それほど台所に立つ機会がなかった。
刹那は…壊滅状態。食材から有害物質を作り出す名人だ。
全く……何と惜しいことだろう。二人とも筋は悪くないようだから、誰かに調理方法をよくよく習い、練習をしっかりとすれば、きっと美味しい料理が出来るはずなのだが……それがどうにも簡単にいかない。
何でだろうと、再度溜息。
まぁ、忙しくてシーリン自身も彼らに教え込むことが出来ないので、そこはあまり強くは言えない。いくら二人が暇を持て余していても、自分には時間というものが殆ど無いために相手は出来ない。
それよりも……マリナが暇で自分が忙しい、という点には目を瞑るべきだろうか。
いつものことだからと溜息を吐いていると、その件の皇女がちょんちょんと刹那の肩を叩いているのが目に映った。
「ねぇ、刹那。甘いものが食べたくない?」
「甘いもの?……菓子があるだろう」
「私にはないの。だから買ってちょうだい?」
「…具体的に何を買えと」
「あれよ」
彼女の人差し指が示した方向には行ったことのない菓子の店。そして、ズラリと並んだ何枚ものポスターがあった。
ちなみに、そのポスターはケーキの宣伝。
「……まさか」
「そのまさかよ、刹那。あのケーキが欲しいの。一ホール」
「ホールか…そんなに食べきれるのか?」
「女子の胃袋を舐めちゃダメよ?というわけで買ってきて刹那!」
「拒否権はないのか……」
どこか黄昏れた雰囲気を醸し出している彼の背をちょん、とつついて、明らかに消沈している様子の刹那にコッソリとシーリンは耳打ちした。
「……後で、経費分はこっちで払うわ」
「…いいのか?」
「このくらいなら、いくらでも国家予算から落とせるから」
「……………いいのか?」
「大丈夫。他の人たちも黙認してくれているようだし」
皆、実は心の深いところではマリナの恐ろしさ……もとい、素晴らしさを分かっているのだろう。賢明なことに。
それは果たして凶と出るのか吉と出るのかと、シーリンは少しばかり未来に思いを馳せた。