それは、何でもない朝のハズだった。
なのに……この危機的状況は、いったい何だろう。
ティエリアは思いながら、そもそもの始まりを思い返していた。
「ティエリア、ちょっとい、」
「嫌です」
「……いやさ、まだ最後まで言ってないんだけど?」
エプロン姿のロックオンを一瞥して、ティエリアは再び紙面へと視線を落とした。
どうやら何らかの頼みがあるようだが、自分にはそれに応えようという気はない。どんな頼みであれ、この、朝の貴重な時間を割かれてしまうのは事実。折角今日は何もしなくて良い日であるというのに、どうして彼の頼みを聞かなければならないのだろう。
そう言うことはテレビの前でボーッとしているチンピラに頼めばいいのだ。ちなみにガンオタとアレルヤは未だにリビングに現れておらず、あの二人には頼み事を使用にも出来ない状況にあった。だからこそ、こうしてティエリアにお鉢が回ってきたのだろう。
新聞のページを捲りながら、言う。
「何であれ、俺は動く気はありません」
「眼鏡ー、動かないって、そーいうのがメタボに繋がんだぜー?」
「黙れチンピラが」
ちゃちゃを入れてきたハレルヤめがけ、手元にあったマグカップを投げつけたがヒョイ、とかわされ、その上難なくキャッチまでされてしまう。
そして、少しだけこちらを向いた顔には……憎らしい笑みが。
……苛つく。
「ティエリア!もう止めろって!」
「無理だッ!」
目の据わったティエリアと、新しい弾丸を求めて彷徨う右手に危険を感じたのか、慌ててロックオンが制止の声を上げるが気にしない。今の最重要事項はハレルヤを完膚無きまでに叩きのめして叩きつぶして破砕して二度と起き上がれなくすることである。
丁度良い大きさと重さの灰皿を見つけ、それを掴んで止めようと腕に縋り付いているロリコンを振り払い、渾身の力で投げつけた。
結果、今回は避けられることなくハレルヤの顎にクリーンヒット。
ソファーの向こう側に沈んだハレルヤを満足げに見てから後、ティエリアはロックオンの方を向いた。
「…で、頼みというのは何です?機嫌が良くなったので、ならば自分で行けばいいだろうと文句も言うこともなく、聞いてあげないこともありませんが」
「お前……いや、もう何も言わねーよ…」
ガクリと肩を落としたロックオンは、意気消沈したままに口を開いた。
「あのな、アレルヤと刹那が珍しく寝坊してるから起こしてきてくれないか?」
「アレルヤは昨日遅くまで本を読んでいましたから当然でしょう。刹那の方も夜遅くまで、ガンプラを組み立てていましたし」
「……何でそんなこと知ってるんだ?」
「ロックオン、知らないのですか?世の中には小型カメラという物が、」
「起こすついでに取り外してこいッ!」
……というわけで、まずはアレルヤを起こそうと、ティエリアは彼の部屋に来たのだった。刹那の方は正直……どうでも良い。そのまま一日中眠っていても支障はないだろう。
だが、いくら休日とはいえアレルヤが起きないのは困る。彼がいなければ、この家の家事全般が滞ること間違いはないのだ。それに何より、癒し不在の中で他の三人と顔を付き合わせるのは面倒というか。主に気に入らないのはハレルヤで、刹那はまぁ普通だし、ロックオンにはまだまだ同情の余地はあると思うが。
それはともかく。
「この状況はどうにかならない物か…」
目の前にあるアレルヤの寝顔に、ティエリアはどう反応すべきかと溜息を吐いた。
起こしに来た。そこまでは良い。
しかし、肩を揺さぶっても起きない彼を前に思案をしているところで、いきなりベッドの中に引き込まれた……のは、ある意味素晴らしいハプニングだろう。
熟睡とまでは行かないもののそれには近く、殆ど寝ぼけの状況であるらしい彼である。自由になる左手で頬をペチと叩いてみても、トントンと腕を叩いてみても、頬をグニューっと伸ばしてみても、残念ながら反応は無かった。
一体何がどうなってこの状況になったのだろうと考えるが、多分、結論はないだろう。理由を求めるにしても、行動を起こした相手は寝ぼけ状態。意味のない行動だ。
……にしても。
「いくら何でも、これは無防備過ぎだろう…」
異物と言えば聞こえが悪いが、このベッドの上ではそれに該当するであろう自分がいるというのに、それに気付かず眠り続けるというのは如何なる物か。気付かない上に、ティエリアの体温が心地よいのか、穏やかな寝顔を浮かべているというのも問題というか。
抱いている感情は……呆れか、あるいは心配か。
もう一度、軽く頬を抓って、それでも反応がないのを見て、次に浮かべたのは苦笑。
アレルヤは……ずっとこんなので良いかもしれない。こんな彼だからこそ『癒し』としての役割を果たしているとも言えるのだから。
グッスリと眠っている彼の顔を眺めてそう思いながらも、ムクムクと悪戯心が湧いてくるのを感じる。
今、この状況で……もう少し顔を近づけてみたら、どうなるだろうか?
触れ合った瞬間に相手の目が覚めれば、どこぞのおとぎ話のようになる。起きなかったとしても、それはそれで構わないだろうし。
試してみようか。
目撃者は誰もいない、ここで。
こっそりと。
「う…」
しかし、次の瞬間、目の前で寝ていたはずのアレルヤが身じろぎをした。
それからゆっくりと瞳を開き……硬直すること、数十秒。
「う…わあぁぁぁぁぁっ!?」
「……起きたか」
顔を赤くして慌てて距離を取るアレルヤを見て残念に思いつつ、彼に倣ってティエリアも体を起こした。彼の腕の拘束は取れたので、彼が起きた今となっては寝続ける理由という物がない。
ゼーハーと心を静めるためにだろう、深呼吸をしているアレルヤに、一言。
「言っておくが、何もしていないぞ。俺が君の目の前にいたのは、君が俺をベッドに引きずり込んだからだ」
「あ……そ…そう、なんだ……ビックリしたぁ…」
心底驚いたらしい彼は、ようやく落ち着いてきたのか安堵の息を漏らした。
「えっと…その、引きずり込んで、ゴメンね…?」
「構わない」
答えてからベッドから降り、ポツンと続けて呟く。
「むしろ、こういうハプニングならいつでも歓迎するが……」
「え?何か言った?」
キョトンとした表情で聞き返してくる彼に対して、ティエリアは頭を振った。
「…何でもない。それよりも、刹那を起こしてリビングに行くぞ」
「あ、うん」
こくんと頷いたアレルヤより一足先に、ティエリアは部屋から出た。
頭の中でティアレ~ティエアレ~って念じながら書いてました。
…ティエアレになったかな?