「明日……明日だ。明日は絶対にもう一度ギャンを叩きのめす」
『……目が据わってる』
横から差し出された紙面を受け取って、それをぐしゃりと握りつぶす。
もちろん紙にも、それを差し出してくれた彼にも罪は無い。分かってはいる。けれども、何かに八つ当たりをしなければやっていられないのが現状だ。
それはヘビーアームズだって分かっていたようで、はぁ、と彼は息を吐く。
『まぁ、別に良いけれど。流石に自業自得だろうし』
「だろうな。全く……他人の水筒に薬を仕込むなど」
「ちょっとあれはやり過ぎだよねぇ……あぁでもしないと誰も薬を飲まないから効果を見られないって言ってたけれど。まぁ、ヤンデレになる薬なんて誰も飲まないよね」
「全くだ」
サンドロックとナタクも続いて同意を示し、頷いた。
そんな彼らを眺めてから、ウイングは、欠伸をして食卓を囲む一人に加わっているデスサイズの方をちらりと見る。
彼は、ついさっきまで意識が無かった。教室に置いていた水筒の中身を一口だけ口にしただけで、その場で気を失って倒れてしまったのである。その後……近くでこそこそしていたギャンを捕まえて、偶然通りかかったシャアと一緒に事情を吐かせた所で、ようやく状況を呑み込む事が出来た。
そして事情を呑み込んだ後、任意参加で軽くフクロにしたのはとりあえず、それに対する行動としては間違ってはいないと思う。
……ともかくそういうわけだったので、学校を早退して気絶人を家に運び、しばらく様子を見ていたのだ。何と言っても効果が効果であり、何がどうなるかが全然想像できない危険薬を仲間に投与されたのだから、こんな反応もある意味では当然な物。
ギャン曰く…目覚めて直ぐに症状が発症すると言う話で、しかし今の所何も起こっていない所を見ると……どうやらあの薬は失敗作だったようだが。
警戒心が無駄になった事を喜びつつ、箸を取り椀を取ったところで。
「……待て!」
聞こえてきた鋭い叫び声に動きを止めた。
何だ?と視線を超えの聞こえてきた方に向け……ようとする前に見えたのが、机の上に突っ伏すように頭を打ち付ける約二名の姿。
ハッキリ言うと、その二名というのはヘビーアームズとサンドロックだったわけだが。
「……何があったんだ?」
ごん、という鈍い音が聞こえたにもかかわらず、起き上りも呻きもしない二名を呆然と眺め、ウイングは手に持っていた物を机の上に戻した。
そして、戻したところで残念そうな声が耳に届く。
「あーあ……失敗」
「……デスサイズ?」
「流石に四人相手は無理かなぁとか思って、ちょっと暗躍してみたのに」
その言葉たちは、確かに残念そうな色合いを帯びていた。
けれども、その表情は何故か満面の笑みだった。
嫌な予感に若干体を逸らすことで彼から距離を取って、しかし視線だけは逸らす事も無く……否、出来ず、ナタクに言葉を投げかけることで問う。
「…ナタク、これは何があったんだ?」
「いや……オレも分からん」
「は?」
そうして返ってきた言葉に、思わず呆けた。
「なら…さっきの制止は何だ?」
「あれはこの夕飯に嫌な感じを覚えたから、とっさに叫んだんだが」
「あぁ……勘か」
ならば納得だ。確かに彼ならばそのくらいの芸当、簡単にやってのけるだろう。
ただ、もしかしたらその勘によって自分は今、とんでもない事態に巻き込まれてしまったのではないだろうか。そう思わせるくらいの何かを、今のデスサイズの微笑みは内に秘めている様な気がする。
頬を、冷や汗が伝う。
……出来るならば、意識を手放している二人と代わりたい。見た所、睡眠薬を盛られて眠っているだけで、特にそれ以外に問題は無い様だし。
もっとも、もう、そんな事を思ったところで無駄なわけだけれど。
諦めと緊張を同時に抱いて、微笑む彼に視線を改めて向ける。
「で……これは、一体何のつもりだ」
「んー……何って言うか、ずっと一緒にいたい気分だから?」
「……何?」
それがどうしてこんな状況に繋がるのだと訝しく思う間に、彼は笑顔のまま続けた。
「でもほら、普通はみんな、思い思いの所に行っちゃうだろ?だからさ、眠らせたら大丈夫かなぁなんて思ったりして。でも、お前らは起きちゃってるんだよなぁ……あ、そうだ」
と。
さらに深まった笑みに勘を使わずとも理解出来る危険性を覚えた。
そして、その感覚が正しい事は直ぐに、彼の言葉で知る事になった。
「足切り落としたら、どこも行かないよな?」
……決めた。
果物ナイフを取り出した彼を見て、思う。
成功作だったらしいあの薬を投与してくれたあの元凶を、明日、叩きのめすのは止める。代わりに半殺しだ。
ただ、それも全ては今夜を生き残る事が出来れば、の話なのだが。
刃物持ってる=ヤンデレ、じゃないわけで。でも刃物持たせたくなっちゃうわけで。そのあたりと、あとは思想面を色々突き詰めたらいけるかなとか思いつつ。