03:雨の日
今日の天気は雨だった。
そんな日に偵察の仕事が無い事を、あるいは喜ぶべきなのかもしれないけれど。
「……素直に喜べないよねぇ…」
息を吐く事も出来ず、ぼんやりと佐助は雨の風景を見た。
正直、そちらを見ていても面白い事はない。雨が降っているからと言って、見なれた庭が劇的に変化するわけがないのだから。突然、外側から何かが飛んできたりしたら流石に驚いたりはするだろうけど。
しかし、だからといって庭から目を逸らすつもりはなかった。
…否、正確に言うと……屋敷の中に目を、やりたくないだけだった。
たとえ退屈だとか思ったとしても。
室内は……見たく無かったりして。
「いつもの事とはいえね……ちょっと大人しくしてくれないもんかな」
呟いた佐助の耳元を掠めて。
見なれた人物が雨の庭の中へと飛ばされるのを見て、本日初めてのため息を吐いた。
いつもの事とはいえ、もう少し今日が雨の日だと言う事を考慮に入れて欲しいのだけれど。外に投げたら毎度の如く城壁にぶつかってめり込むだけなら……良くはないけれど……良いのだが、雨でぬれてドロドロになっている地面を歩いて屋敷に上がらなければならないのだと言う事を思い出して欲しい。
また床が汚れると憂鬱に思いながら、壁から落ちて地面に顔面から倒れ込んだ主君を何をするでもなく眺める。
ちなみにこれは外側からでなく内側から飛んできたので、驚くに値しなかった。
「…気絶したかな?」
「ふむ……不甲斐ない」
「いえ、あれで気絶しなかったら普通は異常なんですけどね?」
いつの間にか背後に立っていた信玄に答えつつ、ぴくりとも動かない幸村を眺めてどうしようかと考える。本当に気絶してるのならば拾いに行かなければならないだろうが、別に放っておいても彼だったら大丈夫な気がする。
何とかは風邪をひかない……とかいうのが根拠ではない。普通に、幸村が風邪をひいて寝込んでいる姿が想像できなかっただけだ。
じゃあ放っておいても良いか、なん傍から見たら冷酷人間だと間違えられそうな結論に至った時、がばっ、と倒れ伏していた体が一気に起き上った。気絶をしたことは間違いないようだが、もう復活してしまったらしい。相変わらずとはいえ……普通にもうちょっと気絶していればいいのに。
呆れてそんな事を思っている間にも、幸村と信玄、二人の叫び合いが始まった。
「この程度で気絶をしているようではまだまだだぞ幸村あぁぁぁぁっ!」
「申し訳ありませぬお館様あぁぁぁあぁ!」
「精進せよ幸村ぁぁぁ!」
「承知いたしましたお館様ぁぁ!」
「幸村ぁぁ!」
「お館様あぁぁ!」
「ゆきむらぁぁぁっ!」
「おやかたさまぁぁぁぁぁぁ!」
「ゆぅきむらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おやかたさばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どんどん言葉尻が長くなっていく二人の叫び声。
それをどうにか意識の中から追い出して、佐助は再び雨の庭に目を戻した。当たり前だが、幸村が見えない方を見るようにして、だ。
やっぱり、何回見ても変わり映えなどしない。何回も何回も見てきた庭に、些細な変化こそあれ大きな変化はなく、けれど、他にやることも無いわけであり。仕方がないのでぼんやりと眺め。
「ゆきむらぁぁぁぁ!」
「おやかたさばぁぁぁぁl!」
……先ほどと違うのは、追い出したはずの叫び声が戻ってくることだろうか。
先ほど以上に音量の上がったそれらは佐助の想像を超え、いとも簡単に耳の中へと侵入してくるのである。
厄介なことこの上ない。
はぁ、と二度目のため息を吐いて、未だ曇天である空を眺めた。
ここから逃げるために偵察に行くにしたって、やはり晴れている方が良い。
「…雨止まないかな」
ぽつんと、思わず呟いた、
その言葉は、心の底からの本心だった。
とんでもなく蒸し暑い雨の日でしょうね……。