気が付けば、周りには起きている者が誰一人としていなくなっていた。
そんな馬鹿な、と思う。彼らは強かったはずだ。それが、一体どうしてこんな事になると言うのだ。己の限度と言う物を、まさか知らないワケもあるまいに……。
「あはははは！そーそーさま、なんでそんなヘンな顔してるんですかー？」
「うー、もう飲めないよー……」
「酒のつまみが無くなってしまったであるな。ホウ統、何か持ってまいれ」
「残念ですが、多分もう何も無いですよ」
「……」
……そして何でこいつらだけ曖昧だろうと何だろうと意識を保てているのだ。
おかしいだろうと息を吐くと、後ろから抱きついてきていた郭嘉がけらけらと笑った。
「だからそーそーさま、なんでそんな顔してるんですかぁ？お酒のせきなんですから、もっとはっちゃけましょうよー。あ、せんせぇ、お酒ついでくださいー」
「まだ飲む気か……ほどほどにせよ。明日からに響く」
「貴様、その台詞を言える立場だと思っているのか？」
「おや、いけませんでしたか？」
鋭く視線を向けると、司馬懿は首を傾げた。
本心からの言葉なのかそうでないのか。普段から見わけが付き難い相手ではあるが、今晩は尚更分かり難かった。というのも、少なくない量の酒が彼にも入っているために、酔っているのか酔っていないのか、まずはそれから見極めなければならないからである。
一見すると、まだ酒に呑まれていない様では、ある。が、普段と変わらない顔をしているというのに実は泥酔状態である者もいるというし、断言は憚られた。
まぁ、何にせよ、本心だろうと冗談だろうと、先の台詞は彼が言って良い言葉では無い。
ふん、と鼻を鳴らして、杯を地に置く。
「今酔い潰れている者どもに酒を飲ませて回ったのが何者だったかは覚えておるか」
「さて、どこのどなただったのでしょう」
ひょうひょうとそう言って、彼は盃を置いた自分とは対照的に、酒を煽った。
これで何杯目だっただろうか。確か、軽く三十は超えているはずだが……それでもまだ飲む気らしい。
呆れて物も言えなくなっていると、不意に、眼前に突然現れた物があった。
郭嘉の杯である。
注ぎ足したのか、溢れんばかりに透明な液体がそこには溜まっていた。実際、溢れて……否、これは零れていると言うべきだろうか。酔いの回っている彼の手の震えはどうやら止まらないようで、その振動に合わせてボトボトと落ちているのである。
その結果、何故か自分の膝を枕にして寝ていた賈クの顔に零れた酒が殆どすべて降りかかる事になっているのだが、郭嘉はそのような事に構う気は無いらしい。
上機嫌で笑いながら、酒がこぼれるのも全く気にせずに、後ろから回した手に持っている盃を曹操の方へゆっくりと寄せてくる。
「そそさまも飲みましょーよー」
「いらん」
「そう言わずにぃ」
「くどいぞ、郭嘉」
何と言われても自分はもう酒を飲む気は無いのだ。何人もの名のある武将が酒で倒れ伏している光景を目にし、しかもその元凶の弟子に勧められ。こんな状況で渡される酒など、受け取れるわけが無かった。
故に、寄せられるそれを払ってしまおうと手を上げた、その時。
「まぁ、そう硬いことも言わずに」
「……ッ！？」
こちらの手が盃を押しやるより先に、ぐ、とそれを押し込む手があった。
驚愕に若干開いてしまった口に杯が差し込まれ、その中に溜まっていた液体が流し込まれる。その間、上げていた手はしっかりと押さえられていた。
我に返って空いている方の手で追い払おうとした時には既に遅く、杯は空に。
一気に与えられた酒に微かな眩暈を覚えながら、余計な事をしてきた相手を睨む。
「司馬懿！」
「折角の酒宴なのですから、飲まねば損でしょう」
「……黙れ……だいたい貴様、」
飲み切れず口の端から伝っていた酒を乱暴に拭い、続ける。
「これで明日、わが軍が使い物になると思っているのか！？」
「使えませんでしょうね。しかしご安心を。既に策はあります」
「何？」
そんなものがあるのかと、ついに眠ってしまったらしい郭嘉と賈クに乗られ体重をかけられ拘束されつつ、疑る視線を筆頭軍師に向ける。
すると彼は、淡々と言った。
「相手にも酒を飲ませれば良いのです。そうすれば相手も酔って、五分五分の戦いになるでしょう」
「……そうか」
成程、理解した、と。
呟いて、曹操は呆れ顔で今まで沈黙していたホウ統の方を見た。
「……ホウ統、」
「水ですか？……出来るだけ早く持ってきましょう」
「……頼む」
実は酔ってる司馬懿とか。ホウ統は、孔明さんが絡まなければまともな人なんじゃないかと思ってます。
