16.オーバーオール
所詮私は新参者であるとは理解してるけれど。
それにしたって、こいつらの分かりにくさと言ったら本当に、ない。
私は酷く不機嫌だった。
……不機嫌にもなるだろう。
「何なんだこれは……」
『似合ってるわよ、ソーマ』
「それはある意味自画自賛だと分かって言っているのか?」
不機嫌さをそのまま口に出せば、彼女はクスクスと笑った。私とは違い随分と余裕な様子に少し苛々とするが、それはそれほど嫌な苛付きでは無かった。不思議な話だが、彼女と私は性格が真逆であるようなのに、話も意見も全く合わない事も多々あるのに、それでも会話をしていて本当に嫌だと思う事は少ない。もしかしたら彼女の柔らかさが単なる甘さではないせいかもしれなかった。そう思いこそすれ、結局原因をとことん追求しようとしないところ、自分でもどうでも良いと思っているのだろう。
というよりも、今は別の問題が私の目の前に転がっていて、そちらについて考えている暇がないと言う方が正しいかもしれない。
一人だけスカートを吐いているこの艦のクルーが、いつまでも黄色いセーターとかではダメだとか言いだして押し付けてきた服。
それを受け取った私の半身は、何を思ったのかその一つを着用、その後すぐに殆ど強引に私に肉体の主導権を渡してきたのである。
おかげで着たいとも思わない服を着る現状に落とされる事になり、私の機嫌は大きく傾いた。こんなのを切るくらいなら、ソレスタル・ビーイングの制服とやらを誰かから奪って着る方がまだましだった。
私のそんな心情を知っているだろうに、彼女は楽しそうに笑うのだ。似合っている、と。
……これが悪意からの発言じゃないのが本当に口惜しい。
傾き過ぎて垂直になりそうな機嫌を内に秘めたまま、私はぶつぶつと愚痴をこぼす。
「折角別の私服を着たんだから、お前はお前の彼氏にでもこれを見せてくれば良いだろうに……何で私に交代するんだ」
『あら、気を使ってくれるのかしら』
「そんなのじゃない」
単なる意見だと言うと、彼女は嬉しそうに、そう、と言う。
気を使っているわけでもないのだから喜ぶなと返したかったのだが、そう言ったところで彼女に受け流されるのが目に見えて分かっていたから、敢えて何も言わなかった。
しかし、少し、珍しくはある。
この艦内において、彼女がマイスターの一人である彼と一緒にいることは多い。むしろ一緒にいない事の方が有り得ないほどで、かつて超兵機関で結んだ絆がどれ程強固な物なのかをありありと顕示していた。
だから珍しいのだ。たとえ着替えで離れた事があったとして、こうしてずっと離れたままでいようとしている彼女の姿が。私との会話は他愛のない物で、今この場で、彼がいないこの場でかわす必要など見当たらない代物なのに、彼女はそうやってここにいる時間を引き延ばす。
彼に会いたくない、彼が嫌い。そんな理由を持ってもいないのに彼から離れようとする今の彼女の心が分からない。
何か思う所があるのだろうか。彼女にとって光にも等しい存在であろう、何があったとしても手放したくないだろう、そんな彼から離れるだけの何かが。それはもしかしたら彼の片割れが関係しているのかもしれない。例えばあの無礼物に対して、しなくてもいい遠慮をしてしまっている、だとか。
こんな時、途中から彼らの輪に入った事になる自分の記憶が恨めしい。
知っていれば、分かる事もあるだろう。ふと思い至る事もあるだろう。無意識の内でも一番良い行動を起こせる可能性もあるだろう。けれども、私にはその下地が無いのだ。
だから今分かる全てをもって、私は彼女たちを見る。
過去が無いのならば作れば良い。私には現在と未来があるのだから。現在も過ぎ去れば過去となり、私の足りない下地を作ってくれるだろう。未来はいずれ私の元に訪れ現在となり、過去になるべくその身を私に捧げるだろう。
『……あ、そういえば』
「何だ?」
不意に聞こえてきた彼女の言葉に、私は応じた。
すると彼女は言いにくそうに、それでも口を開いた。
『あのね……ドアのカギ、かけるの忘れてたわ』
「は?」
私の呆けたその声にかぶせるように、シュン、という音を立ててカギのかかっていなかった自動ドアが開いた。
「テメェ、何で配管工のキノコ親父みてぇな服着てんだ?」
そうして聞こえてきた声の主に、私は力一杯すぐ傍にあった衣装ケースを叩きつけるように投げつけた。ドアを開けるやいなや、突然にこんな事を言い出す無礼物に加減なんて必要ない。
これが、今のところの私の日常。
何でハレルヤだとか、200年後にマ○オがいるかとか、そーいうのは突っ込まないでください。自分ですでにツッコミ入れましたんで。