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『懐かしい気配』に、フッと顔を上げる。
酷く懐かしい思いを抱かせるその気配が漂ってくるのは、宿の上階。
丁度、ヨハンたちが向かった方……である気がする。
兄たちが行って少しの時間が経った。今では爆音は無くなって、先ほどの騒々しさが殆どなりを潜めている。だからといって事態が終わったのだとは考えにくい。終わったのならば三人は帰ってきているはずで、しかしそのような様子は一つも見えないのである。足音一つ、こちらに向かって来ていないのが現状だ。
どうしようかと、少し思案した。静かになったのなら行っても問題はないだろう。戦闘が行われていたとしたら、これは恐らく少しは落ち着いたという事で、その場合はどちらかが倒れているという事。敵がいるのかさえイマイチ釈然としない状況だが。
まぁ、戦闘があったと仮定しよう。というか、それ以外に状況が思い浮かばない。ヨハンだったらまだ別の案も考えるのだろうが、生憎、ミハエルは考えるのは苦手なのである。だから他の可能性は考えるのを止めにする。面倒だし。
ともかく、戦闘があった事にして。
落ち着いたという事はどちらかが倒れているという事。
場合によってはネーナやヨハンが倒れているかもという事だ。ロックオンは正直、どうだって良い気もする。だって、微妙に分かり合ってるっぽいけど狩人だし。
ならば、戦力になれるのなら行った方が良い、と思う。
本当は良くないのかも知れないが、そんなの分からないし、なら行く方が性に合っているし、やっぱり行く方が良い。
というわけで。
ミハエルは勢いよく立ち上がった。
「俺、様子見てくる」
「…危険、じゃないの?」
「そうだよ。様子が分からない以上は動かない方が良い」
すると引き留める、沙慈とカタギリ。ルイスは何も言わない……というが言えないのだが、心配そうな表情をしている事から引き留めたがっている、というのは分かる。
「でもよ、誰かが見に行かなきゃだろ」
「確かに……気になるけど、けど、危ないよ」
「大丈夫だっての」
不安そうな沙慈に答えながら、ミハエルはコッソリと体中に仕込んであるナイフを確認した。いざとなればコレを使ってどうこうすれば良い。幸いこの宿は異端の力を使っても大丈夫な場所であるし、どんなの相手でも最低、逃げるくらいの時間は稼げるだろう。
「俺が居なくてもポニテ眼鏡いるし、危なくはねぇんじゃねぇの?コイツって一応、狩人だろ?戦うのが苦手なわけはねぇだろーし」
「場慣れという意味では君の言うとおりだけど、君がいるのといないのとでは戦力に酷く差が出るのも事実だよ。分かっているだろう?」
言い聞かせるようなカタギリの言葉に、ミハエルは言葉に詰まった。
それは……その通りだ。能力を持つ異端が一人いるのといないのとでは、えらく戦力に差が出る。戦略の幅も大きく変化する事だろう。
しかし、それが分かっていても行きたいと思った。
行かなければ、と思ったのだ。
「…だとしても、だ。邪魔すんなよ。行くってもう決めたんだからな」
「だけどね……」
「しょうがねぇだろ!『呼ばれ』てんだから!」
叫んでから、困惑した。
呼ばれている……とは、誰にだろう。