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 記憶の不一致どころではなく、記憶の混濁まで始まった。
 そうとしか、今の状況は形容できない。それ以外の、それ以上の形容の方法など、ティエリアには全く想像も付かなかった。

 始まりは夢を見たような気がしたこと。
 次は、その夢を思い出そうとしたときの事。

 夢の内容など、思い出すようなことではない。分かっている。夢はしょせん、人の記憶を整理するための事柄に過ぎない。

 だが、気になった。
 気になってしまった。

 気になればどのような内容だったのかを思い出そうとするものだ。だからその例に漏れず、ティエリア自身も思い出そうとした。そうして小さな努力は僅かな引っかかりを見つけ、掴み、そうして。

 判らなくなった。

 たとえばリジェネが分からなくなった。彼とは果たしていつ出会ったのか?今までは一緒にいたのかいなかったのか?そもそも、彼という存在は何だっただろうか?

 たとえば、オーガンダムについて疑問を抱いた。彼女はリジェネを父と呼んでいるが、それは正しいのか?彼女は、この場所にいて言い存在だっただろうか?帰る場所がありはしないか、仲間はいないのか?

 そして、たとえば。
 たとえば、ティエリアは自分という物体に訝しさを覚えた。

 この身は、自然に生まれた物だっただろうか。誰かに作り出された物だろうか。種族は人間なのか、異端なのか、魔族なのか、月代なのか、そのどれでも無いのか。この場所以外に、自分の居場所はあっただろうか、それは仮の物ではなかっただろうか。

 何も分からない。
 何一つ、分かることがない。

 周りに八つ当たりをしてしまいそうだったから、不安そうな顔をしていたオーガンダムには少し離れてもらうことにした。部屋も、あまり物がない場所へと移った。そうしてベッドで丸まって目を閉じていればまだ、どうしようもない感情も、どうにか押さえることが出来る。

 しかし、それも状況を改善させるようなことはない。ただ、まぶたの裏で判らない映像が、理解できないままに流れすぎていくだけ。

 その流れていく映像の理解が出来ないと言うことだけが、ただそれだけだったが、何と過度のストレスを与える事か。

 理解することが、知ることが出来ないというのが、まさかここまで辛い物だとは思わなかった。初めての経験では無いのだが、最近はずっと全てを見通すことが出来る鏡と一緒に生活していたから、こんな不便さは感じることもなかった。

 そこまで思い…ギリ、と奥歯をかみ合わせる。
 ほら、まただ。

 そんな鏡のことを自分は『知らない』はずなのに。
 どうして、どうして。
 もうワケの分からない。

 この混乱は、混濁は、どうやったら無くなるのだろうか。ティエリアにはその方法すら見当が付かない。何も、判らないのだ。
 こう言うときに、あの子供がいれば良かったのに。

 そんなことを思い、どうしてそんなことを思ったのかも知らないまま。
 ティエリアの意識は、静かに眠りの闇に落ちていった。
 

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