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間違った辞書の使い方のお話です。
09.辞書
「今日はリターナーさんに紙の辞書の使い方を教えるですぅ!」
「あ、はい…お願いします」
「はいです!まずはですね、辞書を手に取るです」
「取りましたよ?」
「次に、辞書を閉じたまま立ち上がるです!」
「え?…立つんですか?」
「もちろんです!そしてターゲットを定めるのです!」
「ターゲット?」
「誰でも良いですよ?好きな人でも嫌いな人でもオーケーですぅ!」
「…決まりました。…で、次は?」
「ではですね、その人の後ろにこっそりと近寄って、辞書を振りかぶって…」
「ミレイナ、ストップ!」
「です?」
辞書を振り上げる姿を見せていたミレイナは、キョトンとした表情でこちらを見た。アニューも同様にこちらを見ているのが分かったが…今はミレイナだ。
フェルトはミレイナの傍まで歩み寄って、辞書を手から抜き取った。
「あ!ミレイナの辞書!」
「ミレイナ、辞書は意味を引く物でしょ!?何で鈍器にしてるの!?」
「それはですねぇ、ミレイナは昨日考えたんです…辞書に、意味を引く以外の存在理由を作ってあげられないでしょうか…と!」
「考えた結果が…コレなの!?」
「正確にはコレと、あと一つはたき火の薪かわりでした」
「…そうなの」
では、そこから薪の代わりの方を選ばず鈍器の方を選んだ、その選択は褒めてやるべきなのだろうか。トレミー内で火なんて付けたら確実に小火が起こる。
だが、だからといって。
鈍器使用の方も、非常にマズイだろうに。
無邪気というのは時として…本当に恐ろしい。
はぁ、とため息を吐いて、フェルトはアニューの方を見た。
「アニューさんも、お願いですからそう流されないでください…」
「えぇ…本当にごめんなさい。私…」
と、もしかしたらターゲットとやらに選んでしまっていたのかもしれないライルの方をちら、と見て彼女はややしょぼくれた様子で頷いた。
「ありがとうございます、フェルトさん。お陰で私…引き返すべき道を引き返せました」
「力になれて嬉しいです。でも一体どうしたんです?」
「…何というか…夢見心地になってたような気がするんです」
「夢見心地というか、多分それは催眠術に近いと思いますけれど…」
「何をしても大丈夫、みたいな事を思ってたみたいで」
「十二分に催眠術ですよ、それ」
あるいは暗示。
…あぁも力一杯断言する声は、人のまともな判断能力を奪うのか。覚えておこう。そして自分はそんな風にならないように気をつけよう。
しかし…不思議なのはこの辞書である。フェルトはミレイナから取り上げた辞書を見下ろして訝しく思った。この時代、こんな紙の辞書なんてそう常備しているものではないだろに。あったとしてもせいぜい、一冊だと思うのだけれど。
「ミレイナ、これはどこで手に入れたの?」
「手に入れたというか、貰ったんです」
「貰った?誰に?」
「紫の髪のアーデさんのそっくりさんです!」
「ティエリアそっくりの?」
誰だろう、それは、本当に。
思わずアニューに助けを求めるように視線を向けると、返事とばかりに彼女は肩をすくめた。どうやら彼女はティエリアのそっくりさんに会ってはいないらしい。
「…ミレイナ、そう言えばその人はいまどうしてるの?」
「え?帰りましたよ?」
「帰っ…た?どこに?」
「分からないですけど、じゃあ僕は帰るから、と言って去っていったです」
「去るってどこに…?」
「宇宙じゃないですか?」
ぴ、と窓の外に広がる黒い空間を指さしてミレイナが言い、フェルトとアニューは顔を見合わせた。宇宙、確かに出て行く場所はそこしかないが、一体どうやって。今、トレミーに置かれている小型の宇宙艇は整備中で使えない。
まさか外からの来訪者なのかと、僅かに背筋が凍る思いだった。
「グレイスさん、どうかしたですか?」
「…ううん、何でもないの」
答えながら、どうか本当に何でもないようにと、割と本気で祈った。
ひっそりと何故か影が見えるリジェネさんという……。
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