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拍手再録です。



5. 召使いは時給制~
 
 
「波江ー、ハーゲンダッツが買ってきてー」
「冷蔵庫の中にパピコがあったはずだからそれでも食べてなさい」
「……それが雇い主に対する態度かな?」
 口で文句を言いながらも素直に冷蔵庫の中を漁り始めると、有能な部下は冷たい表情と声音をこちらに向けた。
「私は貰っている給料分は、しっかり働いていると思うけれど」
「じゃあ何?特別手当を出せば買ってきてくれるわけ?」
 これで頷かれる事があったら本当に実行しようかと臨也は目論んでいたのだが、しかし、波江がそんな言葉に肯定など与えるわけも無く。
 先ほどと一度たりとも変わらない冷たさを秘めた視線を突き刺すように向けられて、臨也はとりあえず黙る事にした。これ以上この話題に関する何かを口にしたら、視線では無く刃物で刺されかねない気がしたから。
 そして、案外その考えは間違っていなかったらしい。
 口を閉ざした臨也を何の温度も纏っていない目で一瞥した後、波江は手に持っていたそれにキャップを付けて、コトリと机の上に置いた。
 この世界における最強武器・ボールペンの姿をそうして視認する事になった臨也は、思わず唾をごくりと飲んだ。かの池袋最強のナイフの刺さらない体ですら突き通す事が出来るあの文具を前にして、正直普通の人間である自分が無事でいられる可能性など皆無である。もしもこのペン先が向けられていたらと思うと……恐ろしさしか感じない。
 ぶるりと体を震わせる臨也をしり目に、波江は自身の鞄を手に取った。
「じゃあ、そろそろ時間だから私は帰るわ」
「あ……うん」
 たったそれだけのやり取りを経て、数秒後、玄関のドアが閉じる音が聞こえた。
 しばらくその場でボールペンを眺めていた臨也は、おもむろに回転いすから立ち上がり、波江が最強武器を置いたテーブルの傍に歩み寄った。
 文具にしか見えない、というか文具でしかない凶器を眺め、ポツンと一言。
「……今度からナイフじゃなくてボールペン持ってシズちゃんからかいに行こうかな……」
 それは割と本気の呟きだった。
 
(2010/09/27)
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