学校帰りと言うのは、色々な物に遭遇する状況ではないと思うのだ。
もちろんそれは、自分から細く薄暗い路地裏に入り込んだり、怪しげな集団に近寄ったりしなければ、の話だ。けれど、たとえ非日常にあこがれる自分といえども、わざわざ帰宅中にそちらに行こうとは思わない。
それに、その手の非日常はあまり良い物ではないのだろうし、出来る事なら関わらない方がいいとは思う。
それでも、興味だけは削げないのだが。
……ともかく。
そんな学校帰りの自分たちが移動する非日常に遭遇してしまったのは、ちょっとした事故であり、一種の幸運であり、一般的に言う不幸なのかもしれない。
ただ、正臣にとっては幸運でも不幸でもなく、単なる衝撃だったようだけれど。
かちん、と固まってしまっている親友の肩を持って、帝人は軽く揺さぶった。
「紀田君、我に返って我に」
「…………っは!?み……帝人!?」
「うん、僕だよ。それで、こっちに園原さんと静雄さん。で、その後ろでストリートファイトやってるのが臨也さんと園原さんの従姉さんだよ」
さらに付け加えると、戦っている二人を挟んで静雄の背後の方には門田たちがいたりして、それと静雄と一緒にいる事が多いドレッドヘアーの誰かもいたりした。
ちなみに、杏里と静雄は二人して並んで臨也と杏里の従姉を眺めている。少し、ぽつぽつと喋ったりしながら。
……何話してるんだろう?
その一点が非常に気になったけれど、気になるだけで訊く事は出来なかった。帝人は正臣とは違うのである。
「でもあの二人って、一昨日……だっけ?太鼓の達人で戦っ、」
「言うな!帝人、マジでそれ以上言わないでくれ!」
「……何でそんなにあの話を嫌がるの?」
「あれは俺にとっては黒歴史なんだよ……あんな臨也さん見たくなかった……」
「別に、臨也さんだって人間なんだし、あぁいうこともやるんじゃないかな?……まぁ、確かに似合ってはいなかったけれど」
どちらかと言うならば、だが、こうやってナイフを手に相手を刃を向けている方が似合っているような気がする。
あくまでどちらかと、であって、それ以外の何かの方が似合っている気もするが。
「いやな、帝人、お前の言う通り臨也さんは人間だぜ?だけど、似合うとか似合わないとかそれ以前の問題ってあると思うんだよ。ていうか俺は思う」
「そうかな……」
「そうだよ。だから俺は決めたんだ……あのゲームセンターで見た事は忘れると!」
「大げさな…」
空を仰ぐようにしながら握り拳を作る正臣に、過分な程に呆れを含んだ視線を送る。
「そう言う事なら……話は戻すけど。あの二人、何でまた戦ってるんだろうね」
「仲悪いんじゃね?臨也さん、絶対に色んな人から恨み買ってるし……あのままどっか刺されて入院してくれないかな、マジで」
「ん?正臣、何か言った?」
急に小声になった後半が聞き取れずに聞き返すと、彼は気にするな、と手を振った。
余計に気になるようなリアクションを返してくれた親友は、後ろ手に手を組んでこちらに顔を向けた。
それで気付いた。そういえば、先ほどから彼は戦闘中の二人を視界に入れていない。
……そんなに、見たくないものだろうか。
「…あの」
良く分からないなと首を傾げていると、ふいに杏里の呼びかけが耳に届いた。
「園原さん、どうかした?」
「静雄さんが……そろそろ迷惑だろうからって、二人を止めに行っちゃったんですけれど……私たちはどうします?帰りますか?」
「帰ろうぜ!今すぐ、この場から離れよう!臨也さんが視界に入らない場所まで逃げるんだ!そうだそれが一番良いからそうしよう!」
「正臣……そんなに今の臨也さん見るの嫌?」
「嫌だってさっきから言ってんだろ?…あ、そうそう。杏里、何であの二人戦ってんだ?」
「えっと……帰れ帰らないの言い合いで、結果としてあぁなったって……」
「帰れ帰らない?」
「色々あったんだそうです……あと、さい……歌子は昨日は情報屋さんの所に泊まったから、今日は静雄さんの所に泊まりたいって言ってる、って聞いてきました……」
「へ?」
「フツーに外泊!?っていうか、平和島静雄の家に!?少女が!?一人で!?」
「あ……紀田君が思ってるような事は無いと思いますよ。むしろ、危ないのは静雄さんの方だと思うんですけれど……」
大丈夫だとは思うけれど心配です、と、本心から不安そうな表情を浮かべる杏里に、帝人は正臣と思わず顔を見合わせた。
それから、問う。
「ねぇ、歌子さんって……何者?従姉、とかじゃなくって、別の表現でお願い」
「何者、ですか……」
その言葉に少し迷った様子を見せて、数秒後、杏里は困ったように微笑んだ。
「近くて遠い、寂しがり屋の隣人です。私にとっては、ですけれど」
さびしがり屋というか何と言うか、ではありますが。