11.隠れない隠し味
女性陣が料理をしようと言いだしたのが始まりだった、らしい。
らしい……というのは、そんな話があったのだと言う事を、自分はつい先ほどまでまったく知らなかったからである。いつも一緒にいる彼女は、そんな事は一言も言ってくれなかったから。どうやら彼女、わざと黙っておいて自分を驚かせようと考えていたらしいのだけれども。
……と、そこまでは良い。
問題は、料理をしようと集まったメンバーだった。
アニューやミレイナは良い。彼女らは大丈夫だろう。フェルトだって、あまりキッチンには立ったことが無いらしいけれども、そんなに大きな問題を起こす事は無いだろう。マリーは……そういえば料理経験はあるんだろうか。
今から不安だなぁと思いながら、アレルヤは、そして一番己の不安をかきたてる存在の方に視線を向けた。
「何で君までそっち側に入ってるの、ティエリア……」
「ミレイナに誘われてな」
紫色のエプロンを着ている彼は、そう言いながら左手の中指指に絆創膏を貼った。これで通算七枚目である。
おかしいなぁと、再び包丁を手に取ったガンダムマイスターを見ながら思う。確か、『女性陣が』料理をしようという話なのでは無かっただろうか。なのに一体どうして……よりによってティエリアが、普通にあちら側に立っているのだろう。
『だから、あのダブルドリルの思いつきだろ』
(……それは分かるけれどさ、いや、でも、ちょっとあれはマズイと思わない……?)
『……まぁ、そりゃそうだ。俺たちに死ねって言ってるようなもんだしな』
その言葉に反論らしい反論も見つからず、アレルヤは苦笑を浮かべた。
昔のティエリアの料理の腕は壊滅的だった上に、調理法にも融通が効かなかった。水を測りとる時はビーカーで1ミリリットルの誤差も無く、大匙小匙も正確に。弱火なら弱火、中火なら中火、強火なら強火と、料理本に書かれたとおりに頑なに。だというのに出来あがるのは有機物ならぬ無機物だったりするから、本当にとんでもない。……ちなみに包丁を扱う腕に関しては、リンゴの皮をむくのに30分かかった上に食べれる場所が無かった、という例を上げれば理解出来るだろう。
そして、今だって、その壊滅的な腕は変わらないだろう。あれは四年や五年で変えられるような生易しい特性では無かったはずだ。
故に。
今すぐ、この場所から逃げ去りたいと思っている事は多分、仕方のない事なのだ。
そんな風に思っているアレルヤの耳に、キッチンからの会話が届く。
「マリーさん、野菜切るの上手ですね」
「いえ……そんな……大したことありませんよ」
「ちょっ……マリーさん!?照れ隠しなのは分かりますけど、お願いですから高速で野菜をみじん切りにしないでください!?」
「え?……あ!ごめんなさい!じゃあもっと切り刻みます!」
「それじゃ駄目ですよ!」
「……いやぁ、賑やかで楽しいですぅ。リターナーさんはそう思いませんか?」
「えぇ、楽しいですね……調理の行く先を思うと怖いですけど」
「そうですか?」
「私だけかもしれないですけど……って、あの、ティエリアさん」
「何だ?」
「手に持っているそれは何ですか?」
「リンゴだが」
「何で?」
「カレーにはこれを入れると良いと聞いたからな」
「……だからって皮もむかずに何もせずに、一個丸々鍋の中に入れようとしないでください!お願いですから!」
「じゃあケチャップを」
「容器に入ったまま入れるのも禁止です!」
「うーん……楽しいですぅ!」
……。
……いや……楽しいって。
これは……楽しんでいるのはミレイナくらいな気がするのだけど。
最終的には一体……どんなカレーができあがるのだろう。
そんな風に若干どころではなく戦慄を覚えながら、ポツリと呟く。
「これを人はカオスと呼ぶのかな……」
『近ぇとは思う』
片割れの同意を聞いたところで、どうやったら誰にも気づかれずに逃げる事が出来るだろうかと、アレルヤは割と本気で考え始めた。
ティエリアの料理の腕は、四年間でどのくらい変わったんだろうか。下手になってたらある意味素敵だと思うけど、そんなことは多分、無いんだろうなぁ…。