冬、という季節には、色々な敵が現れる。
それは外に出る気力を奪う寒さだったり、自転車を滑りこけさせる氷だったり、朝起きても出たくないと思わせこちらを引きとめてくる布団であったり、するわけなのだが。
その中でも一番の強敵は間違いなくこれだろうと思いながら、デスサイズは縁に寄りかかった。
「あー、マジで出たくない……」
恐らく、ここに入ってから二十分は経っている。時計を見ればもっと正確な滞在時間が分かるのだろうけれども、流石にそれを確認するのは憚られた。何と言うか、怖い結果が待っている気がするから。
入りっぱなしが問題だというのは分かっている。けれども、出ればそこに冷たい空気があると分かっている以上、どうしたって出ようだなんて思う事が出来るワケもない。どこかで決意をしなければ、ずるずると温かい水の中でのんびりとしてしまうのである。
……そう。
自分の思う一番の敵というのは他でもなく、風呂、だった。
一日の疲れを落とす場所という事で、夏場でさえ重宝する場所であるというのに、冬になったら体を温める機能まで付いてくるのだから、まさに強敵だと思う。こんなの相手に一体どうやって勝てというのだろう。
そんな風にもいながら、普通よりも広い湯船の中で長く息を吐く。
「ふぃー……やっぱ良いなー……広い風呂、って。これだけは本当にサンドロックに感謝しないとなぁ……」
マンションのこの区画……と、いうか、マンションそのものの所有者である仲間の顔を思い浮かべながら、ただでさえ緩み切っていた表情をさらに緩める。
自分たちの住んでいる六階は、ワンフロアに五つの住居ある一階から五階までと違って、ワンフロア全体で一つの住居の様なもの。故に、無駄に広く、マンションであるくせに空き部屋さえある始末なのである。ちなみに自分たちに割り当てられている部屋は『良心的』な広さであって、見た瞬間は本当にほっとした物だった。これで自室まで広すぎたら本当にたまったものではなかっただろう。何せ自分は普通に普通な一般的な庶民なのだから。
そんなこんなで色々な場所が広かったり多かったりするこの場所なので、やはり台所や風呂などと言った場所も当然、広くなるわけである。
そして当初は大きくて慣れなかった浴槽も、慣れてしまえば快適な場所でしかなかった。
浴室に満ちている白い湯気を何となく眺めながら、軽い欠伸。
少し、眠くなってきたかもしれない。風呂で寝るのは流石にマズイから、そろそろ潮時なのかもしれない……けれども。
「……出たくないんだよなぁ……」
そんなマトモな思考が、心地よさに勝てるワケもない。
あと少し。あともう少ししたら出よう。先ほどから何度も何度も頭の中で繰り返している言葉を再び繰って、縁に顎を乗せる。
まぁ、まだのぼせるまではいかないだろうし大丈夫だろう、きっと。
楽観的だと自分でも分かる理屈に何となくな納得をしながら、もう一度欠伸をする。
「……眠いなら出ろ」
そうして聞こえてきた声に、思わず瞬く。
「……何でナタクがここにいんの?」
「お前、何分風呂に入っているつもりだ?」
「あー、いい加減に出ろって呼びに来てくれたんだ。ありがと」
「気にするな」
「じゃあ気にしない。……で、オレ、何分くらい入ってた?」
自分では時計を見ていないし、今も見る気が無いので尋ねてみると、ナタクは少し渋い表情を浮かべた。……もしかしなくても、二十分以上はここにいるらしい。二十分なら良くあることだし、こんな表情をされる事は無いだろう。
じゃあ三十分くらいだろうかと考えを巡らせいてると、彼は口を開いた。
「風呂に行くと言ったお前が風呂に向かってから、五十分、だな」
「……あぁ、うん。ごめん」
それは長いと、素直に謝る。
自分一人だとか、自分が最後だとかいう話ならまだいいけれど、残念ながら今回はそう言う事情があるわけでは無い。自分の後に風呂に入る人が存在していて、時間もそう早いわけでもないのだ。だというのに約一時間ここに滞在していたというのは、少しばかり問題だろう、やはり。
やっちゃったかぁ……と、額に手を当ててため息を吐き、呻く。
「じゃあ、早く上がんないと駄目だな……」
「そう言う事だな。出来るだけ早くした方がいいと思うが」
「だよなぁ……そうしよっか」
この温かい場所から出るというのは酷く躊躇われる事なのだけれども。
人を待たしているのだから仕方が無いと、ようやく自分に風呂に居続ける事を諦めさせて、デスサイズは、あ、と改めてナタクの方を見た。
「なぁ、あと五分くらいいたら駄目?」
「……早く出ろ」
冗談混じりの本気のお願いは、呆れた表情と共に却下されてしまった。
デスサイズを呼びに来る、というナタクのポジをウイングにしてもよかったんだけど、この間ウイングとデスサイズの話はupした気がしたから……ただそれだけの理由でナタクになりました。
しかしこの季節、風呂に入ると出るのが難しくなりますよね。