その人に呼び止められたのは、恐らく偶然だったのだろう。
もっとも、それは、彼にとっては非常にありがたくない『偶然』だったのだろうが。
ともかく。
「政宗にそのような秘密があったとは…」
「隠すようなことではないのですけれどね。どうやら政宗は人にそれを知られるのをとても嫌がっているようなのです。別に、継いだところで問題なんてどこにもないでしょうに……あそこまで頑なになる理由が分かりません」
「その言葉には賛同しかねるが、確かに…そこまで隠す理由は分からぬな」
「そっちも分かってやれよ」
継ぎたくない理由が分かるならば。
元親はそうツッコミを入れたが、当然ながら元就は我関せずの態である。
しかし、継ぎたくない理由が分かっただけでも良しとするべきなのかもしれない。
どうにかそう気持ちを取り直して、元親は生徒会室から出て行こうと、こそりと一歩を踏み出した。このままここにいたら政宗を捜すのを手伝うことになりかねないし、それは今の話を全て聞いた後だとあまり気乗りしない事態だった。
だが、自分の行動など毎度のように元就に筒抜けであったわけで。
教室から出ようとしたところで、後ろから飛んできた何かが後頭部に直撃した。
「って!?」
何をするんだと振り返ったら、今度は眉間のところに同様の衝撃。
「ってぇ……何しやがんだ毛利!」
「たわけ。話はまだ終わっておらぬわ」
「終わってないも何も、俺はこれ以上関わりたくねーんだよ!分かれ!」
「生憎とそなたの感情など理解する気は無い」
「…相ッ変わらず質悪ィ」
「褒め言葉と受け取っておこう」
さらりと言って、元就は広がっていない扇子を持ち上げた。どうやら、あれをこちらに投げつけてくれたらしい。下に視線を向ければ、扇子が二つ落ちているのが確認できた。
両方とも、木製。
まるで鉄製の何かがぶつかったかのような衝撃だったのだが…。
よっぽど上手に投げてくれたのだろうと思うと、うれしくて涙が出てくる。
……そのうち絶対に仕返す。
「出来る物ならやってみるがよいわ」
「今更読心術がどうのこうので驚かねぇよ…つーか、言ったな?」
「言ったが?」
「なら、せいぜい覚悟してろや」
「策に失敗して倒れ伏すそなたを見て嘲笑う覚悟ならしておいても良いが」
「それは良いのですが」
と。
自分と彼との言い合いを止めたのは、政宗の母親だった。
二番目くらいには渦中にいるだろう彼女だったのだが、言い合っている間に少し疎外してしまっていたようだ。本末転倒、という言葉が浮かぶ。
失敗したなと思いながら元就を見たが、彼はというと涼しい顔。置いてけぼりにしてしまったことなんて一つも気にしていないようだった。らしいといえばらしいが、いつものように生徒相手ではなく保護者相手にその態度は、どうだろう。一応は生徒会長なのだし、そういう態度は止めるべきだろうと思うのだが。
そんな態度を元就も政宗母も気にとめた様子もなく、先ほどの置いてけぼり期間がなかったかのように会話を再開した。
「では改めて。…やはり当人が嫌がっておるのならば無理に押しつけることもあるまいと、我としては思うのだが」
「いいえ。政宗は長男なのですから、その辺りはきっちりとしてしまうべきです」
「その言葉も一理あるとは思うが、我は政宗が否と言う以上は手伝うつもりは無い」
おや、と元親は元就の方を見た。
てっきりと、おもしろそうとか言って、直ぐにでも政宗捜索の手伝いをするかと思ったのだが。予想が外れたのは少し意外だった。
「政宗がこちらに来たら連絡するが、それだけだ。そなたらは好きに捜索を続けるがよい」
「……分かりました。では」
一礼して、彼女は部屋から出て行った。
彼女が自分の横を擦り抜けていったという事実をまだ信じられない思いで見ていると、三度目の衝撃が後頭部の…しかも一番最初と同じところを襲った。
まだ痛んでいたところに第二陣、である。
やや涙目になって動けずにいると、後ろから呆れた声が響いた。
「いつまでそこにおるのだ。いい加減に動け」
「動けってお前…一体何をどうしろってんだよ」
「御母堂よりも早く政宗を見つけるのだ」
「はぁ?」
「そして外へと手引きしてやれ。…我も動く」
がた、と席を立った元就を、元親は不審で満ちている目で見た。
「…なんか企んでんのか?」
「まさか。今回ばかりは我の我が儘であるだけだ。策などない」
肩を竦めて彼は続ける。
「ただ、生徒会が一人でも欠けてしまう可能性がある以上、妨げるべきであろうと思うただけよ」
そんな感じで政宗の味方が増えました。