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四年間の一コマです。実際にこうあったかは、少し謎、ですが。
09.赤いビニール傘
「……あーあ、外は雨かぁ」
玄関から出て外を見るなり、その人はそう言って空を見上げた。
ルイスも同じように上を眺め、冷たい水滴が降ってくる空を見やる。
空はとても、暗い。暗くて暗くて、ずっと見ていたら心の底から不安がこみ上げてきそうなくらいに、暗くて黒い。
同様に、雲によって光を遮られた世界も暗くなっている気がした。
まるで……『現在』のように。
「まぁ、傘は持ってきてるから良いか」
CBがいなくなったとされてから何度かこの場所にやってくるその人……リジェネ・レジェッタはそう呟いて、くるりとこちらを向いた。表情は笑みの形を取っているけれど、それは別に何かが楽しいわけでも、自分に対して友好的な感情を抱いているわけでもなく、単なる形として作られた表情なのだろう。
少なくとも彼は、自分に対してあまり興味は持っていないように見える。
ただ、使いとしてここに来ただけで。
興味があるとしたらきっとそれは、ルイス自身にではなく、ルイスのこれから取る道について……自分の身の振り方について、だ。
「それじゃあ、ルイス・ハレヴィ…今日はこれで帰るね」
「はい…では、よろしく伝えてください」
「分かったよ。それと薬が切れそうになったら連絡してね。薬が無くなったせいで死なれてしまったら元も子もないし」
「……はい」
聞きようによってはルイスを気にかけているような言葉。けれどもその実、何の気持ちも籠もっていない言葉。それになれてしまった自分を見つけて、少しだけ自嘲の笑みを浮かべる。昔の自分ならもっと、こんな相手にはつっかかってでもいっただろうに。
それをしないのは他でもなく、彼らが自分が必要としている物を持っているから。
それと……自分が、変わってしまったから。
こんな自分を見たらあの人は、何を、思うだろう。
「次に来るのは一週間後かな……ルイス・ハレヴィ?」
「え…あ…」
「ボウッとして、どうかしたの?」
リジェネの言葉にハッと我に返ったルイスは、それから慌てて何でもないのだと首を振って見せた。実際、彼らにとってはこんな事なんて『何でもない』事だろうから、あまり間違ってもいない。
最初は少しばかり疑わしそうな表情を浮かべていたリジェネだったが、直ぐに興味が無くなったらしい。そう、と一言だけ呟いて視線をルイスから外した。
それから傘立てに立ててあったビニール傘を取り、広げる。
広がった傘の色、それを見たルイスは思わず呟いていた。
「……赤」
「あぁ、色のこと?」
凄い色だよね、とリジェネはため息を吐いた。
「リボンズが、この色を持って行けと言うから断り切れなくて。何が目の色と同じ、だよ。そんなので傘の色を決められたらたまった物じゃない。というかね、赤色のビニール傘なんて見たことある?」
「あまり、見たことは無いです」
「でしょ?絶対にリボンズってば、これのためだけに探し出してきたんだよ、この傘」
酷いよね、と頬を膨らませて言うリジェネに、ルイスは今日初めての笑みを浮かべて見せた。今の彼は自分に興味がない他人ではなくて、知り合いに自分の意見に同意して欲しいだけの知人、だ。
どちらかというと、ルイスは後者のリジェネの方が好きだと思う。そちらの方が、一緒にいて何だか楽だ。前者の方はお使いが面倒だからとっとと終わらせて帰りたいと、そういう気持ちがあるかららしいと気付いたのは何時だろう。実際に自分に興味がないのもあるのだろうが、その要因も大きいのだと何となく知ったのは。
まぁ、そうであったところで自分たちの関係の間の溝は埋まらない。
それは、この薬を受け取ったときから分かっていたこと。
「それじゃあルイス、本当に一週間後。その時にはちゃんと返事をもらうから」
「…分かりました」
「じっくり考えてくれて良いよ。受け入れるも突き放すも君の勝手だから」
どうせ選択肢は一つしか残してくれないくせに、そうやって言って、リジェネは赤のビニール傘をさして去っていった。
遠ざかる背中を見つめ、ポツリと呟く。
「そんな大切なこと……直ぐに決められるわけがないじゃない」
軍に入るか、どうか。
別に入っても良いとは思っている。けれども、実際に入るかどうかの判断は難しい。
どうしたら良いのだろうと迷いながら、ルイスはずっと遠ざかっていく赤色を見ていた。
少し迷ってたりもしたのかな、なんて。